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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会|藤原聡

ベルリンフィル2016来日公演_チラシ表ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会

2016年5月12日 サントリーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)撮影日:5/15

<演奏>
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サイモン・ラトル

<曲目>
ベートーヴェン:『レオノーレ』序曲第1番 ハ長調 Op.138
同:交響曲第2番 ニ長調 Op.36
同:交響曲第5番 ハ短調 Op.67『運命』

ラトルとベルリン・フィル(以下BPO)の3年ぶりとなる来日公演ではベートーヴェンの交響曲全曲が演奏された。これはまず昨年の10月に地元ベルリンで披露された後(ライヴ収録されて先日リリース済)、11月にパリ→ウィーン→ニューヨークと場所を移して実施されたプロジェクトであり、間をおいてこの5月に東京で行なわれた、という訳だ。
「ベートーヴェンの交響曲を全曲を演奏すること、それは指揮者にとっては避けて通れない、そして最大の課題」と語るラトルだが、2018年のBPO音楽監督退任へ向けてのいわば集大成的な意味合いを持つ全曲演奏と見てよさそうだ。
全5夜のコンサートのうち、第2夜を聴く。

パユ、ドール、フックス、スタブラヴァなどのお馴染みのツワモノの姿を直に目撃すると「ああベルリン・フィルだ」とまずは実にミーハーな反応をしてしまうのだが(大概のファンも似たものだと思うが)、当夜の第1曲目は『レオノーレ』序曲第1番。10型なのにとにかくオケが鳴ること鳴ること、それ自体に驚くしかない。磐石の安定感と躍動感を誇るチェロとコントラバスの上に、ヴァイオリン群が実につややか、かつ輝きに満ちた音を響かせるのだが、管楽器の卓越は言うに及ばないとして、弦楽器の表現力が尋常ではない。BPOはそれぞれのパートが強烈に自身の「領分」をアピールしながらも、他のパートをも実によく聴いてどう「動いて」いるのかを理解し、それに合わせてスポンティニアスに反応して行く。楽員1人1人が首席奏者と同様のテンションで演奏しており、これらが集積されるのだからオケに異様な躍動感と輝きが生まれるわけだ。この相乗効果の強烈さがBPOをBPOたらしめていると思う。
こんなことは分っていたはずなのだが、そしてどこのオケであってもそれを目指して演奏しているはずだろうが、やはりBPOは違うのだ。このオケの実演を聴くとそれを否応なく実感させられる。
また、音が和声的に実に美しい。残響など聴き惚れてしまうが、これも互いが聴き合うレヴェルと技術的卓越の賜物だろう―という訳でBPOのことばかり書き連ねてしまったが、ラトルの解釈は、明らかに以前と比較して穏健なものになっている。その分オケの持ち味を堪能できた、とは言える。ラトルも特別なことはしていない(ように見える)。しかしラトルでなければここでのBPOのような演奏は引き出せていないはず。これ、理想的な関係?

第1曲目で既にかなり圧倒された感があるが、2曲目の『交響曲第2番』もまた見事。先述した交響曲全集を発売直後に購入、この第2番と第5番をコンサートの前に聴いてみたが、細部の表情が異なる部分が散見された。何度も演奏し吟味し尽くした上で、尚且つ本番での閃きによって違う音楽が出て来る。しかもその本番では「打てば響く」関係性がこれ以上ないほどに練り上げられているので、その即興性に粗さや取って付けたような感じが一切ない。
ここでもラトルはウィーン・フィルとの全集時に見せたような極端な解釈は取らず、意外に中庸路線と言える。スケルツォや終楽章ではもっとディナーミクの対比を生かしたりするのかと思いきやかなりオーソドックスに近い。ラトルらしさが失われていると見る向きもいようが、はっきりと書けば、ラトルのベートーヴェンでともすると感じられた「表面的な小細工」が感じられなくなったことを筆者は歓迎する。

休憩後には第5番『運命』。弦は12型に、但し管楽器は増幅なし。ピッコロ、トロンボーン、コントラファゴットというこの曲で導入された「記念碑的な」楽器をひな壇最後方に設置、視覚的な印象付けに拍手。
そしてその演奏は終始快速テンポと凄まじい気迫に貫かれた大変なものであった。多少のアンサンブルの乱れなど知るものか、とばかり(こういうところがBPOだろう。スタブラヴァは「われわれはリスクを恐れない」と語っている)。これほど重量感と推進力と気迫が同居した演奏を過去聴いた試しがない。
やはり圧巻は第4楽章だろう。第3楽章からのブリッジ・パッセージからのクレッシェンド、そして第1主題の提示は彼らとしてはやや大人しかったかな、と思いきや提示部の再現では輝かしさとテンションが倍増。再現部でもその高揚は天井知らずだが、ラトルの元で音響は完全に統制されている。

10回には満たないがそれに近い回数は接したラトルとBPOの実演では明らかに当夜が最高であった。今回のツィクルスでも調子の悪い日があったとの話も聞くし、チケット料金の高さとブランド化を批判する声もある。しかし、好き嫌いは措くとして、好調な時の彼らは疑いなく世界最強だろう。「何を分りきったことを!」とおっしゃる方もいようが、紛れもない実感であり事実である。

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