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Back Stage|ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト

再会の響き――ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト

text by 松岳祥(Sachi Matsuoka)

すみだトリフォニーホールは、東京スカイツリーがそびえる墨田区の中心・錦糸町の駅前にあります。街区の中という限られたスペースにありながら、1,801席の大ホール、252席の小ホールと大小3つの練習室を擁し、またここには墨田区のフランチャイズ・オーケストラである新日本フィルハーモニー交響楽団が“住んで”います。
「トリフォニー」という聞きなれないホールの名前は、「トリ(tri)」=3つ、「フォニー(phony)」=音、つまりは“三つの音が響くこと”を意味する造語です。三つの音とは、アーティスト、ホール、そしてお客様。三位一体となって音楽を創造していこうという意味が込められています。

開館から19年、これまで世界中から多くのアーティストを迎えてきました。中でも、特に長い時間をともに過ごした指揮者のフランス・ブリュッヘンのことからお話ししたいと思います。
トリフォニーホールでは2009年、2011年、2013年の3回にわたり、「フランス・ブリュッヘン・プロジェクト」と題した大型公演を新日本フィルと開催しました。それぞれのプロジェクトにおいてほぼひと月の間、ブリュッヘンと新日本フィルががっぷり四つで、ホールでリハーサルと本番を行いました。
「クラシックは考古学ではない」という彼の言葉のとおり、2009年のハイドンの、2011年のベートーヴェンの、なんと新しかったことでしょう。まるで200年前の初演を聴いてきたかのように明晰にスコアを読み解き、その音楽の美しさを、楽しさを、けして説明的ではない演奏で新鮮に示すのです。演奏が終わった瞬間、客席に溢れる熱気に満ちた拍手、興奮した声。アーティストがホールで作品と向き合って生みだした音楽がもたらすこの幸福を、お客様と分かち合う時間こそ、“三つの響き”の名前を冠するトリフォニーホールの目指すところです。

ブリュッヘン生涯最後の来日公演となった2013年は、自らの手兵である18世紀オーケストラを率いて来日し、新日本フィルとの共演を含め全4回の演奏会を行いました。その第2回に、18世紀オーケストラのソリストとして登場したのがユリアンナ・アヴデーエワです。当時ブリュッヘンが特に興味を寄せ、集中して取り組んでいたショパンの『ピアノ協奏曲第1番』・『第2番』を披露しました。

楽屋でエラールと”対話”するアヴデーエワ

楽屋でエラールと”対話”するアヴデーエワ

ピアノはモダン・ピアノではなく、1837年パリ製の「エラール」を使用しました。1837年といえば、ショパンがパリにいた時代。その音色は、ショパンが聞いていた音ともいえるものです。リハーサルに先立ちホールの楽屋に運び込まれたエラールは、モダン・ピアノよりふた回りは小さく華奢な作りで、それそのものが一人のアーティストのような佇まい。そこへ、アヴデーエワは静かに、やや緊張した面持ちでやってきました。エラールと対面するや否や、彼女は軽く挨拶をするように鍵盤に触れ、一言、二言……と、エラールと対話を始めます。エラールはモダン・ピアノのメカニズムとは全く異なるため、「この楽器と“共通言語”を話せるようになるまでには時間がかかる」と語っていた彼女は、ショパンについて二人で話し込むかのように練習に没頭していきました。

ブリュッヘン&18世紀オーケストラとのリハーサル風景 Ⓒ三浦興一

ブリュッヘン&18世紀オーケストラとのリハーサル風景
Ⓒ三浦興一

その後、指揮者とソリストが向き合う形でエラールを配し、舞台上で十分なリハーサルを行い、本番を迎えました。雫が一滴滴り落ちるようなピアニッシモから弾けるようなフォルテシモまで、彼女がエラールから引き出す多彩な音色と、18世紀オーケストラの自然なフレージングが描きだすシンプルで鮮烈なショパンの協奏曲は、「考古学ではない」、今この音楽が目の前で起こっている歓びにあふれた、同時代的な感動に満ちたものでした。

あれから3年、この秋の「ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト」で、彼女と待望の再会を果たします。
彼女の“今”を聴く今回のプロジェクトは、全2回。第1回のリサイタルでは、リストのソナタのほか、ショパンの『4つのマズルカ』(ナショナル・エディション)などを披露します。「ナショナル・エディション」は、ポーランド政府が編纂責任者にピアニストのヤン・エキエルを迎え、校訂・出版しているショパン作品の楽譜。彼女はショパン・コンクールでも、ブリュッヘンとの共演においても、この版を使用してきました。彼女の本領が遺憾なく発揮される一曲となることでしょう。
第2回は、コンチェルト。ブリュッヘンの薫陶を受けた新日本フィルが、アヴデーエワと初共演を果たします。指揮に迎えるのは、折しも先日のマーラー国際指揮者コンクールで優勝を果たした新鋭、カチュン・ウォン。チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第1番』をメインにお届けします。

アヴデーエワと、ホールと、お客様――、“三つの響き”を織りなすわたしたちの再会は、どんな響きをもたらすでしょうか。トリフォニーホールでおたしかめください。

2013/4/5フランス・ブリュッヘン・プロジェクト第2夜 Ⓒ三浦興一

2013/4/5フランス・ブリュッヘン・プロジェクト第2夜
Ⓒ三浦興一

松岳祥(すみだトリフォニーホール)
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公演情報
ユリアンナ・アヴデーエワ・プロジェクト
10/28(金)19:00 第1回 リサイタル
11/6(日)15:00 第2回 協奏曲