J.S.バッハ:マタイ受難曲|藤堂清
神奈川県立音楽堂 開館60周年記念
音楽堂ヴィルトゥオーゾ・シリーズ15
J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV244
シギスヴァルト・クイケン/ラ・プティット・バンド
2016年3月6日 神奈川県立音楽堂
Reviewed by 藤堂 清 (Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 青柳聡
<曲目>
J.S.バッハ:『マタイ受難曲』 BWV244 <日本語字幕付>
<出演>
シギスヴァルト・クイケン(音楽監督&ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ)
ミンナ・ニーベリ(ソプラノI)
マリー・クイケン(ソプラノII)
ルチア・ナポリ(アルトI)
リディア・ヴィネス・カーティス(アルトII)
シュテファン・シェルペ(テノールI & エヴァンゲリスト)
バルタザール・ズーニガ(テノールII)
シュテファン・ヴォック(バスI & イエス)
イェンス・ハーマン(バスII)
クリスティン・ネース(ソプラノ・イン・リピエーノ、召使の女I&II、ピラトの妻)
オリヴィエ・ベルテン(ペトロ、ピラト、大司祭II)
ニコラ・アッフテン(ユダ、ユダヤの大司祭、大司祭I)
ラ・プティット・バンド(管弦楽)
シギスヴァルト・クイケンとラ・プティット・バンドによる『マタイ受難曲』。通常であれば合唱団によって歌われる曲がソリスト四人だけで歌われる。その澄み切った響き、俊敏な音形、鮮明な言葉。 歌手は各声部一人ずつの4名と、その後ろに弦6名、管4名、オルガン1名のオーケストラという編成が二つ、それぞれ舞台の左右に並び、舞台正面後方に補助的な独唱者3名が並ぶ。ジョシュア・リフキンが『ロ短調ミサ曲』で提唱した一人一声部(OVPP)による演奏。
指揮者は置かず、クイケンは、第一オーケストラにヴァイオリニストとして加わり、歌手、奏者は、彼の動きを見て、歌い出しや弾くタイミングを合わせる。
オーケストラのメンバーには、トラヴェルソのフランク・トゥンスなど、名を知られた人も入っているが、全体としてはかなり若い人が多く、世代交代が進んでいるようにみえる。多くはクイケン兄弟の教え子であろう。
エヴァンゲリストのシュテファン・シェルペはドイツ出身の34歳、明瞭なドイツ語でドラマを語っていった。エルンスト・ヘフリガーやペーター・シュライヤーのように物語を動かすのではなく、『マタイ受難曲』という作品の力、レチタティーヴォの内容そのものに語らせる。同世代のユリアン・プレガルディエンとならび、これからのエヴァンゲリストとして期待できる。イエスを歌ったシュテファン・ヴォック、バスのイェンス・ハーマン等、ソリストの多くはクイケンとの録音経験もあり、バランスのとれたアンサンブルを聴かせた。ピラトのイエスとバラバのどちらを釈放すべきかとの問いに応え、合唱I、合唱IIが同時に叫ぶ “Barrabam!”(バラバを)、それに続く “Lass ihn kreuzigen”(彼を十字架に)といったところでのメリハリの効いた歌は、合唱団の迫力とは異なる、強い印象を与えた。
1969年にカール・リヒターがミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団を率いて来日、『マタイ受難曲』などを聴かせた。このときは、モダン楽器による大規模な管弦楽と、大人数の合唱団による演奏であった。現在でも、この3月に来日公演を行った聖トーマス教会合唱団とゲヴァントハウス管弦楽団のように、大規模な編成の演奏も行われているが、クイケンらのそれは大幅に縮減されている。作曲当時に使われていた楽器、フラウト・トラヴェルソ、オーボエ・ダモーレ、オーボエ・ダカッチャなどのひなびた音色が、この40年間の古楽演奏の変化を感じさせる。レオンハルト、アーノンクール等の取り組みは、彼ら第一世代の死後も受け継がれ、さまざまな形をとりながら歩みを進めている。
OVPP方式によるバッハ、広く行われることを期待したい。
その一方で、ラ・プティット・バンドがベルギー政府から受けていた補助金が、リーマン・ショックの影響で、2013年より以前の5分の1にカットされるなど、経済的には苦しい状況にあるとのこと。芸術活動を支援するために何が必要か、聴衆の側も考えなければならないだろう。