音の憶(オトノイ)アンサンブル・プロジェテ|佐伯ふみ
2016年3月24日 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール
Reviewed by 佐伯ふみ( Fumi Saeki)
<演奏>
アンサンブル・プロジェテ
大宅さおり(ピアノ)
西野優子(ヴァイオリン)
松岡麻衣子(ヴァイオリン)
般若佳子(ヴィオラ)
荒井結子(チェロ)
<曲目>
湯浅譲二:芭蕉の句による心象風景 Ⅳ冬&Ⅰ春
田中吉史:Bogenspiel 1B for viola solo
湯浅譲二:弦楽四重奏のためのプロジェクション
湯浅譲二:芭蕉の句による心象風景 Ⅱ夏&Ⅲ秋
湯浅譲二:チェロとピアノの内触覚的宇宙Ⅳ
湯浅譲二:弦楽四重奏のためのプロジェクションⅡ
湯浅譲二が名付け親となった室内楽アンサンブルの第1回公演。プログラムには湯浅の祝福のメッセージが寄せられていて、それによると「プロジェテ」とはJ.P.サルトルの言葉「意識を時間化し、それを未来に投影する」に由来し、「まさに新しい音楽を実践していく、そのものを意味することにもなっている」。
ヴィオラの般若佳子を中心に結成されたこのアンサンブルのメンバーは、いずれもヨーロッパで長く活躍してきた奏者で、「いずれも立派なソロイスト」とのこと。演奏を聴いて、なるほど確かに、と深く頷かされるクオリティの高さ。なによりも、現代音楽を得意とする演奏家にありがちな、高い技術を誇示するような、あるいは、前衛をスタイリッシュに気取るような、よけいな虚飾がいっさいなく、ただ音楽の本質に迫る、その1点に賭けたかのような真摯な姿勢が感じられて、とても好感のもてるコンサートだった。
盛りだくさんな、よく考えられたプログラムである。作品そのものの意味と魅力を伝えると同時に、メンバー1人1人にソロの出番をつくり、それぞれの技量と音楽性をしっかりと聴かせる構成になっている。
開幕に置かれた湯浅の『芭蕉の句による心象風景』(2007年)は、組曲4曲を2つに分けて、まず松岡麻衣子のヴァイオリンと大宅さおりのピアノで。休憩後の後半に今度はヴァイオリン=西野優子で。松岡は華やかに強い主張のできるテンペラメントの持ち主、そして西野の音色は、筆者にはヴァイオリンには珍しいように思えて印象的だったのだが、ぬくもりのある深い色合い。後述する湯浅の『弦楽四重奏のためのプロジェクション』2曲でも、この2人がトップを交代で務めていて面白かった。個性の違うヴァイオリニストをツー・トップとして擁したこのアンサンブル、これは今後いろいろな形で活かされるのではなかろうか。
2曲目は田中吉史のヴィオラ・ソロ作品(2004年)。作曲家自身の解説にあるように、「均質な音を先に想定して、抽象的な素材を構築するのではなく、どういう動作で弾かれるかということを先に考えて、音を選び連ねること。」「演奏家の体の動きが本質的な意味を持つような音楽を作ろうとした。」般若佳子の演奏は真摯かつアグレッシヴなもので、まさに、思考と体の運動がそのまま音楽になっている。聴き応えも見応えも十分。音楽とは体から発するものだということを再認識させられる。
湯浅の『弦楽四重奏のためのプロジェクション』から2曲。ISCM世界音楽祭での湯浅の第1号入選作となった記念碑的な曲(1970年)と、それから26年を経た同名曲の『Ⅱ』(1996年)。この2つを並べて聴くことができたのは嬉しい。作曲家による解説と併せて、それぞれの曲が目指す方向の違い、その結果生まれた音楽の質の違いを、実にクリアにわからせてくれる演奏。20世紀後半の日本の現代音楽の1つの潮流を再確認したように思う。
チェロの荒井結子は、同じく湯浅の『内触覚的宇宙Ⅳ』を大宅とともに演奏。チェロとピアノが、この曲種の伝統の形である「絶えず均等に音楽を作っていく」のではなく、あえて「それぞれの特性を主張し、時にはアンサンブルとなる」という形をとった作品。荒井の音楽は、内に湛えた情熱を感じさせるが、その個性を何か抑えてしまっている感触もあって、もっと表に出してよいのではとも思う。もちろん、曲にもよるだろうし、そのあたりのバランスはとても微妙なものと思うけれど。
後半には短いトークがあり、湯浅、そして田中と般若が舞台に登場。初めての試みゆえ硬さもあって微笑ましいトークだったが、やはりひとかどの音楽家たちのこと、そこには巧まざる言葉の魅力というものがあって、面白かった。
印象的だったのは般若の言葉「(湯浅先生の)音楽が私たちをそのようにさせるんです」。音楽そのものに肉薄し、その魅力をなんとか聴衆に伝えたいという意志を象徴する言葉のように感じた。
一方、湯浅は、このアンサンブルが女性ばかりで構成されていること、しかもほとんどが育児をしながらの音楽活動であることを、驚きをもってコメント。ただしここでは、筆者も女性、ひとこと言いたい気持ちになり、思わず心で呟いた。いえ、それは驚くことではありません、逆に、そういう音楽家たちだからこそできる活動なのでは?
音楽の力に背中を押されて、息長く、地に足のついた活動を。
アンサンブル・プロジェテのこれからの展開を楽しみにしている。