ぱんだウインドオーケストラCD発売記念コンサート|大河内文恵
2016年3月20日 東京藝術大学奏楽堂
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by Mahaya Takara
<演奏>
ぱんだウインドオーケストラ
石坂幸治(指揮)
山田和樹(ゲスト・コンダクター)*
反田恭平(ピアノ)
<曲目>
前久保諒:PANDASTIC!!
A.リード:アルメニアン・ダンス パートⅠ
J.ウィリアムズ(久保哲朗編):「スター・ウォーズ」メイン・タイトル
大友良英(坂東祐大編):あまちゃん オープニングテーマ
椎名林檎(古屋沙樹編):NIPPON
BABYMETAL(青島佳祐編):イジメ、ダメ、ゼッタイ
〜休憩〜
G.ガーシュウィン(旭井翔一編):ラプソディー・イン・ブルー(ピアノ独奏:反田恭平)*
J.バーンズ:詩的間奏曲*
P.スパーク:宇宙の音楽
(アンコール)
Koji Oba・michitomo(前久保諒編):走れ!
和泉宏隆(真島俊夫編):宝島
とにかく前評判が高かったこのコンサート。チケットは完売、メンバーの経歴を並べたたけでもそのポテンシャルの高さは推して知るべし。いまさら説明するまでもないが、ぱんだウインドオーケストラ(以下PWO)は2011年入学の東京芸術大学管打楽専攻の学生たちによって結成された吹奏楽団である。合格発表の前日に東日本大震災がおこり、入学式が行われなかった学年であるということが、この吹奏楽団の結成に影響があるかどうかはわからないが、並外れたエネルギーを持つ若者の集まりであることは間違いない。
すでに彼らの代名詞ともなった『PANDASTIC!!』で始まったコンサートは、2015年3月の第4回定期演奏会で演奏された『アルメニアン・ダンス パートⅠ』で演奏技術の高さの片鱗を窺わせつつ、『あまちゃん オープニングテーマ』で最初の盛り上がりを見せた。誰もが知っている、NHK朝の連続テレビ小説のあのオープニング曲は、奏者たちの楽器をつかった「息」の合奏から始まる。本編が始まってしまえば、そこはもう大友ワールドかと思いきや、編曲者坂東の世界。ただでさえ勢いのある音楽に若さと遊び心が加わり、弾けたサウンドを聴かせた。前半最後の『イジメ、ダメ、ゼッタイ』でパワーは最高潮に達し、同時代の若者にしか出せないであろうビートを気持ちよく聴かせた。ここまでがコンサート・タイトルにある、「CD」からの曲目である。しかしこれは、あくまでも「パンダ」であり、彼らの本領が真に発揮されたのはその後だった。
後半の1曲目、いきなり度胆を抜かれた。ピ、ピアノの音が!まるで音楽大学の練習室のピアノのごとく酷使されたピアノのような音がしたのである。見たところフルコンサートサイズではあるが、こんなピアノで弾かせるのはピアニストに失礼ではないのか?それともこの曲のジャズっぽさを活かすためにホンキートンクに近いピアノを選んだのか?頭の中が疑問符だらけになる中、曲が進むとさらに疑問符が増える。これはいったいどういうアレンジなのだ?
いわゆる私たちが普通にイメージする『ラプソディー・イン・ブルー』を吹奏楽に置き換えただけのものではもちろんなく、かといってジャズ・ミュージシャンのようなアレンジでもない。原曲のメロディーを使いながらも、曲のあちこちが大胆に裁断され、思いもかけない音が流れる。
反田のソロ部分では(その間、指揮者の山田は椅子に座って聴いている)、ジャズっぽいノリがみられたかと思うと、まるでショパンかラフマニノフの協奏曲を聴いているかのようなうっとりと聞き惚れる部分が現われたりする。いつのまにか楽器の年代感が気にならなくなり、反田の繰り出す多彩な音色に引き込まれていった。こんなやりたい放題で、しかも魅力的な『ラプソディー・イン・ブルー』は聴いたことがない。
舞台転換の間の、石坂・上野・山田による軽妙なトークタイム(このとき、先ほど反田が弾いたピアノが、ホロヴィッツの使用していたピアノであることが明かされた)を挟み、『詩的間奏曲』が始まった。つい今しがたまでノリノリで演奏していたメンバーと同じとは思えない、緩やかで哀愁を帯びて流れるメロディー。その音楽は甘美さゆえに、ひとつ間違えば「中二病」的な俗っぽさに繋がりかねないが、彼らは高級感や格調高さに逃げることなく、絶妙なバランスで奏でてゆく。見事という他はない。コンサートに来ていたおそらく吹奏楽をやっていると思われる中高生たちは、「こんな曲だったのか!」と驚愕したであろう。
プログラムの最後『宇宙の音楽』は再び石坂のタクトによるもの。PWOは2年前の芸祭(東京芸術大学の学園祭)でもこの曲を演奏しているが、(管弦楽団ではなく)吹奏楽団でここまでの音響をつくりだすことができるということを彼らは証明してみせた。トークタイムに山田から「これからやってみたいことは?」と訊かれ、上野は「今までみたことのないものをやりたい」と答えた。本邦初の編曲である『イジメ、ダメ、ゼッタイ』、数多の編曲がありながらまったく新しいアレンジを聴かせた『ラプソディー・イン・ブルー』、誰も聴いたことのない演奏を聴かせた『宇宙の音楽』と、3種類の「今まで[誰も]見たことのない」演奏をまさに彼らはやってのけた。1年後、5年後、10年後、彼らの演奏がさらに私たちの想像を軽々と越えてみせるのを是非聴きたいものである。