ジャニーヌ・ヤンセン ヴァイオリン・リサイタル|藤原聡
2016年2月17日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン
ピアノ:イタマール・ゴラン
<曲目>
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番 BB.85/Sz.76
同:ルーマニア民俗舞曲 BB.68/Sz.56
クライスラー:ウィーン小行進曲
同:愛の悲しみ
同:シンコペーション
ファリャ/クライスラー編:歌劇「はかなき人生」第2幕 スペイン舞曲第1番
ファリャ:「7つのスペイン民謡」より
(アンコール)
ルトスワフスキ:スビト
フォーレ:夢のあとに
聴いた後の実感として、ヴァイオリン&ピアノのデュオでは現在最強のコンビなのではないかとまで思わせた、それほど見事な一夜であった。ジャニーヌ・ヤンセン&イタマール・ゴランのヴァイオリン・リサイタル。
とは言いながら、第1曲目のブラームスの『ソナタ第2番』では情感の豊かさに若干不足する、と思わないでもない。だれないように常にテンポを引き締め、過度にロマン性に溺れない(第1楽章の第2主題など)。その中で、ヤンセンのヴァイオリンは柔らかい音色によるピアニッシモとフォルテの対比が実に上手く、端正な中にも実に多彩な表情がある。思えば、このバランス感覚こそがある意味でブラームス的なのかも知れない。また、ヤンセンもさることながらゴランのピアノがまたすごく、ヤンセンに完璧に付けながらも単なる伴奏になっておらず、主張すべき箇所は主張し、抑える箇所ではスッと引く、この感覚。音も美しい。様々なヴァイオリニストがゴランと共演したがるのも頷ける。
ブラームスでは、見事と唸りながらも趣味的に完全には同意できかねる部分もあったのだが、次のバルトークには降参。存分に暴れながらも美しさは微塵も犠牲にされない。しかも技術的にこの難曲を完璧に弾き切る。多彩なボウイングによる弾き分けがとにかく巧みで、これほどバルトークの第2ソナタが見事に弾かれた例を個人的には聴いたことがない。そしてまた、ゴランのサポートも完璧の一語(しかしこの人のステージマナーは力が抜けていて、まるで散歩でもしているようなリラックス具合でフラッとステージに出入りする。演奏中もそういう雰囲気なのだが、出て来る音がすごいのでそのギャップに軽いショックを受ける。お辞儀も何だかユニークである)。
休憩を挟んで再度バルトークの『ルーマニア民俗舞曲』。ここでは楽曲の性質上、即興的な表情とテンポの変化を盛り込んだりフレーズをうねらせたり、同じバルトークでもソナタとは当然のようにアプローチを変化させて来る。これが抜群の音楽性ゆえ、全くやり過ぎとは聴こえない。ファリャも同様。そしてクライスラーの小品3曲がまた輪をかけて絶品。わけても『愛の悲しみ』でのルバートと弱音には聴き惚れる以外に術はない。
アンコールが2曲、ルトスワフスキの『スビト』とフォーレの『夢のあとに』。前者での急速な弓の反復によるギスギスし、かつざらついた音色とその後の緩徐部分の対比。後者の甘美な歌い回し。表現の幅が本当に広い。
当夜はブラームス、バルトーク、クライスラー、ファリャ、ルトスワフスキ、フォーレ、とそれぞれ国も作風も異なる作品が並んだけれども、全てが楽曲の内実を見事に引き出す。ヤンセンの個性も感じさせながら余分な自己主張もない。実は、録音で聴いた限りにおいては―実演は今回が初―、このヴァイオリニストがここまで優れた弾き手だとは気付かなかった。当方の見識不足か、あるいは録音のためか…。いずれにせよ、今後ヤンセンの演奏は実演、録音問わずフォローせねばなるまい。