コンスタンチン・リフシッツ ピアノ・リサイタル|藤原聡
2016年2月23日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<曲目>
ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2「鐘」
同:10の前奏曲 Op.23
同:13の前奏曲 Op.32
(アンコール)
ラフマニノフ:前奏曲 ニ短調 アンダンテ・マ・ノン・トロッポ(1917)
ショパン:24の前奏曲 Op.28より第15番 変ニ長調「雨だれ」、第3番 ト長調
時間的には通常のコンサート並みだが、内容が重量級のプログラム。パンフレットには<24の前奏曲>、と記載があるが、むろんショパンではないのだからそのままこの曲名のものがある訳ではなく、『10の前奏曲Op.23』と『13の前奏曲Op.32』に、いわゆる『鐘』(Op.3-2)を加えて「24」とした、ということだ(ちなみに、この2日前の所沢のリサイタルではベヒシュタインのピアノを用いたとのことだが、当夜はスタインウェイであった。ベヒシュタインで聴きたかったところです)。
演奏は、それこそリフシッツのベスト・パフォーマンスといっても過言ではない出来栄え。元々これらの曲集は、一般的にイメージされるラフマニノフらしい華麗さや甘美さではなく、深く沈滞した陰鬱な詩情が骨太に歌われる、いかにもロシア情緒に溢れたものだが、ここでのリフシッツはまさにそれを地で行く演奏ぶり。冒頭の『鐘』からして、重厚で図太く暗い和音のフォルテに一瞬にして呑み込まれる。特に低音がすさまじい。こういう音は、古い言い方をすれば「西側」のピアニストからはなかなか聴けない類のものだ(ルガンスキーの音からも似た印象を与えられる)。しかし、単に重厚で図太いだけではなくて響きに透明感があり、各階層が繊細にニュアンス付けされているので全く鈍重な印象がない。まさにラフマニノフを弾くに最適ではないか。
『鐘』演奏後は起立してお辞儀をしたリフシッツ、この後にはOp.23の10曲を連続で、ほとんどインターバルを入れることなく弾き進む。ダンパーペダルを踏んだままのことが多く、ピアノはウーンと響きを維持したまま。つまり、この10曲をあくまで連続した曲集として提示する意図だろう。聴き手はいい意味での精神的緊張感が保たれる。この10曲の中では特に第4番、第5番、そして第9番の演奏は殊に印象に残る。
休憩を挟んだ後はOp.32の13曲。ここではリフシッツの音楽はさらに巨大化していた。正直に申し上げればちょっと鳴らし過ぎなのではないか、と思わなくもない箇所もある。だが、変に抑制された演奏をこれらの楽曲で聴かされることにどれだけの意味があるのか、と考えると、日本人的な感覚からすれば相当に重厚なリフシッツの演奏こそがラフマニノフ、なのであろう。しかし、第3番、第4番、そして終曲の第13番は掛値なしの名演。
当夜はアンコールが3曲。やはりラフマニノフの前奏曲 ニ短調「アンダンテ・ノン・トロッポ」、ショパン:24の前奏曲より第15番「雨だれ」、第3番。ショパンについては、前述した所沢で全曲を弾いたが、このショパンも甘美なイメージが微塵もない、男気溢れる演奏で引き込まれる。ショパンの音楽は多分にセンチメンタルだが、この演奏は実に高貴だった。