マティアス・ゲルネ|藤堂清

Goerneマティアス・ゲルネ
「詩人の恋」
オール・シューマン・プログラム

2016年2月2日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤堂 清
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
マティアス・ゲルネ(バリトン)
アレクサンダー・シュマルツ(ピアノ)

<曲目>
シューマン:歌曲集『女の愛と生涯』 op.42
シューマン:歌曲集『詩人の恋』 op.48
—————–(休憩)———————-
シューマン:リーダークライス op.24
—————(アンコール)——————-
シューマン:6つの歌 op.107より 第6曲「夕べの歌」
シューマン:歌曲集『ミルテの花』 op.25より 第1曲「献呈」

前回の来日ではシューベルトの三大歌曲集を三晩連続で歌い、音楽家としての力量とともに強靭な肉体・体力を強く印象づけたマティアス・ゲルネ。今回は、上海での『ニーベリングの指環』公演でヴォータンを歌った後に来日、リサイタルとオーケストラ・コンサートに出演した。 声楽家の声は多かれ少なかれ前方への響きが強い。人によっては体の向きによってまったく違って聞こえることさえある。ゲルネの声は、体の共鳴が豊かなため、横の方向から聴いていてもあまり音圧が変化しない。その響きは聴衆の体を共振させ、あたかもスピーカーの上に座っているかのような印象を与える。1967年生まれのマティアス・ゲルネ、当時東ドイツであったヴァイマールの出身。彼の声楽の基礎は旧東ドイツ時代にできあがったものだろう。そのことと関係があるかどうかわからないが、類をみない声の持ち主である。

この夜はオール・シューマン・プログラム、三つの歌曲集で構成された。前半に『女の愛と生涯』 と『詩人の恋』 、そして休憩後に作品24のリーダークライスというもの。通常のリサイタルであれば歌曲集の間でいったん舞台をはなれるのだが、この日は前半の二つの歌曲集を続けて演奏。シュマルツは、『女の愛と生涯』 の長いピアノ後奏の後も手を鍵盤からはなさず、そのまま『詩人の恋』の前奏を弾き始めた。その1時間近くにもなるステージの間、ゲルネはまったく疲れをみせずに歌い切り、またもやタフなところをみせる。ただ、バリトンにはめずらしく選択譜の高音を避けたことには疑問が残る。

音楽そのものをみると手放しで称賛するわけにはいかない。ゲルネは歌詞に対する思いが強いのだろう、強調したいところでは大きくテンポを変えてしまう。それが頻繁でいささかあざといと感じられることもある。録音ではエッシェンバッハやアシュケナージといった大家と組むことが多く、その手綱が効いているようなのだが、この日のピアニスト、シュマルツは、歌手に合わせるのがうまいタイプ。互いに変化を増幅していき、本来の歌の形からはずれていってしまうことがある。2009年に来日したときはピエール=ローラン・エマールのピアノ、エマールのガッチリとした骨格の音楽にゲルネのやわらかで安定した響きの歌がのり、形の点でも聴きごたえがあったことを思い出す。ゲルネには、いわゆる伴奏ピアニストではない人との共演が望ましいのではないだろうか。

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