注目の1枚|ブーレーズ『春の祭典』|藤原聡

ブーレーズの『春の祭典』雑感
       ~  追悼にかえて~

text by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)

筆者は人並にはブーレーズ・ファンだが、自作曲については何か書くほどの見識を持ち合わせない。現代曲の指揮についてもそう。しかし、大方のファン同様、この指揮者の『春の祭典』にはその都度考えさせられ、影響を受け、つまりかなり親しんだ。だから、それを書く。筆者にはまずもって「ブーレーズ=春の祭典」なのだ。だが、ブーレーズの『春の祭典』について今さら何か書きうるのか、と考えると筆は自ずと重くなるが、それでも何か書いてみよう。スタジオ録音盤3種を中心に。

この形容が特に当てはまるのは1969年盤だろうが、これはいわゆる普通の意味での「名盤」ではなくて、「エポック・メイキングな名盤」としか形容できないものだと思う。つまり、ただの名盤とは次元が違う名盤、ということだ。それはそうだ、「時代を切り拓いた名盤」なのだから。

『春の祭典』の名盤、と言えば、ブーレーズのものが世に出るまでは初演者モントゥー盤、アンセルメ盤、あるいはマルケヴィッチ盤などの評価が高い。前二者は作曲者ストラヴィンスキーとほぼ同世代の演奏家であり(ストラヴィンスキーは1882年生まれ、モントゥーはむしろ年長で1875年生まれ、アンセルメは1883年生まれ)、マルケヴィッチはそれよりもずっと後に生まれた人だったが(1912年生まれ)、前二者はパリにおける「ベル・エポック」を実際に体験している演奏家ならではの華やかさと猥雑さに満ち、マルケヴィッチの複数の録音においては、その独特の熱っぽさが大変な聴き物であった。

1963年CD_TWSA1009_DENON

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1963年、そこへブーレーズがフランス国立放送局のオーケストラを指揮して録音した同曲録音が登場、これはとにかく当時のファンにとっては実に「新しかった」のではないか。何が新しかったのか。とにかく精緻・正確である。技術的にそれ以前の演奏とは比較にならない。従来の演奏からは聴こえて来なかった音の細部が聴こえてくる。裏にあったと認識していた音が飛び込んでくる。隠されたリズム要素が耳に入る。つまり、今までは気が付かなかったメロディ、リズム、あるいは作曲者が想定したであろう楽器の使い方、組み合わせ方といった方面にまで耳と思考が及ぶことになる。これらは本質的かつ重大な事実だ。なぜなら、『春の祭典』という音楽は「そのように」書かれているということを初めて聴き手に意識させる形で白日の下に晒した演奏だから。

それまでは、音楽にあってはまずメロディ、付随して和声があり、そしてそれを乗せるリズムがあり、それらの下に「どの楽器を使うか」という楽器法があった。要は階層化されていた。だが、ストラヴィンスキーの『春の祭典』にあっては、そういう階層=ヒエラルキー自体がなくなっている。つまり、メロディも和声もリズムも楽器法も、全ては「等価」という扱い。音楽以外の分野で『春の祭典』が作曲された時代、例えばキュビズム。ピカソの『泣く女』や『アヴィニョンの娘たち』は周知のように複数の視点が平面である絵画図面上に押し込められ、古典的な遠近法が無効化される。この時代以前においては描かれる対象に従属する色彩が、それ自体で独立してキャンバス上に乱舞する。あるいはそれより少し前だがマラルメは言語の意味作用と同等に、あるいはそれ以上に言語の響きそれ自体、「音楽性」を重んじた。これがマラルメが難解だとされる理由だろうが(例えば『イジチュールまたはエルベノンの狂気』など、抽象的過ぎて唖然とする)、つまり、「自明のものと思われていた各要素の属性、あるいは無意識に一体化されたものとして考えられていた属性を根本から見直し、敢えて同一地平上に独立させて置いてみること」によって表現のブレイクスルーをもたらすための、いわば必然的に辿り着いたアティテュードということになる。

ブーレーズは、『春の祭典』という音楽は本来的にそう書かれている、と見定め、それを先鋭な問題意識、耳、統率力で恐らくは「初めて」実際の演奏で示した。むろん、『春の祭典』の特異性を分析していた音楽学者は沢山いたであろうし(他ならぬ若き日のブーレーズ自身が論文<ストラヴィンスキーは生きている>で『春の祭典』の本質を簡潔に暴いてみせた)、同時代的なムーヴメントの中で包括的に考察していた人もいただろう。しかし繰り返すが、それを実際の演奏で示そうとし、そして実際に「結果を出し」て聴衆を驚かせたのはブーレーズが初なのではないか。

1969年CD_SICC30025_ SONY

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1963年の録音では、上述のような問題意識が先鋭的に表現されているが、しかしブーレーズの初期衝動的な普通の意味での「熱さ」も感じられ、極めて斬新な音響と熱気が同居した演奏となっているのだが、この録音から6年後の1969年、クリーヴランド管弦楽団を指揮して再度録音した盤は、それより先の地平にまで到達し、ここに「ブーレーズのハルサイ」は1つの完成形を見る。ここでは、音程とアンサンブルはより完璧に整備され(ブーレーズにこの言葉はなぜかふさわしい)、オケの各パートの役割は音符のパーツ単位にまで分解・分析される。その結果、音楽は然るべき時に然るべきように鳴る。それもそれまでになかったような見通しの良さで。これは今聴いてもすごい。

ブーレーズは、書かれている音楽がどの当時にあってどれだけ先を行っていたのか、どれだけその当時に革命的であったのか、に興味がある。だから、指揮者として演奏する際には、その根本には「どうです、この音楽はこういう風に書かれているんですよ。当時これだけ新しかったんです。今聴いてもすごいですよね?」という姿勢がある。だから、そこに演奏者自身の表現(エゴとより強く言い換えてもよい)が入り込む余地は全くない。ブーレーズはどんな曲を指揮してもそういう姿勢だから―というよりも、そういう姿勢で接することの出来ない作曲家の曲は最初から演奏しない―、全てが作曲家ありき、となる(例えばブーレーズはショスタコーヴィチを全く評価しない、つまり演奏もしない。いわく「ショスタコーヴィチをマーラーと比較するのは、マイアベーアとワーグナーを比較するようなものだ」)。

ここで面白いのは、この姿勢が逆にブーレーズの個性を際立たせる結果となっている、ということ。ブーレーズの『春の祭典』(や他の曲の演奏も)を「冷静過ぎる」「冷たい」などというのは、気持ちは理解できなくもないがそもそも批判の筋が違う。かなり昔の某メーカーのウィスキー宣伝文句を引いて恐縮だが、「なにも足さない、なにも引かない」ことによってこそ、その曲の新しさとすごさが伝えられるから、これはブーレーズの確信に満ちた「熱さ」ゆえのアティテュードなのだ(余談だが、バイロイトでの「リング」のDVDボックスにドキュメンタリー映像が付いており、そこでいまだ壮年期のブーレーズは確信に満ちた表情と口調で「私の主目的はいわゆる《伝統の打破》です」とキッパリと応えている。これには痺れる。また、小澤征爾がポリーニについて、冷たく見られるけどあんなにロマンティックな男はいないんだけどね、と語っているが、何かブーレーズに繋がるものを感じる。ブーレーズとポリーニは盟友であった。ブーレーズの命日の1月5日はポリーニの誕生日)。バーンスタインが「最高に獣的で、かつ最高に洗練された音楽」と評した『春の祭典』、この獣的な側面を強調したければ「ドカンと一発」で事足りる。しかし、それではこの音楽の本当のすごさは伝わらない。

1991年CD_UCCG207_DG

1991年CD_UCCG207_DG

1969年からさらに22年。1991年に当時66歳のブーレーズは三たび『春の祭典』を録音する。作曲に専念していたブーレーズが自作ではなく一般的なオーケストラで一般的なレパートリーの指揮を再開して間もない頃の録音で大きな話題となる。あのDGと専属契約を結んだことでも世間は驚いたものだが、その演奏は賛が多数だったものの「否」もいくらか見受けられる。過去には人々の注意を促すために「シェーンベルクは死んだ。ウェーベルン万歳!」とぶち上げたブーレーズの(表向きの)革命時代は既に過ぎ、かつての前衛の闘士が大企業の管理職よろしく落ち着いてしまった、という論調もあったが、どうなのか。『春の祭典』に話を絞ろう。

件(くだん)の91年盤は、69年盤に比べてさらに精緻になっている。これ自体驚くべきことだ。響きもまろやかになっており、各部分の繋がりがこう言ってよければ「有機的」になっている。これを聴くと、69年盤ですらまだ指揮者としてのブーレーズにある種の「素人臭さ」があったことを知って愕然とする。しかし、69年盤の正確さへの意思的な執念、啓蒙的な姿勢、というものは薄れ、余裕に満ちる。一般論として、とある演奏が比類ないものと感じても、また別の演奏が登場すればそれとの比較において当初の演奏に欠けていたものに気付く。91年盤は通常の意味においてはこれ以上に完成度の高い名盤は存在しない、と断言したい誘惑にかられる。別の言い方をすれば、普通の意味での「盛り上げ」に長けた指揮ぶりになった、とも言える。これを賛美する人は「円熟」と呼び、批判する人は「革命闘士の堕落」と言う。どちらもいくらかは正しく、いくらかは間違っているのだろう(敢えてこういう書き方をします。読み手はそれぞれご自身でお聴きになって考えてみて頂ければ)。言うまでもなく絶対的なものでは、ない(なお、ブーレーズの『春の祭典』には、筆者の知る限りではこの他に1993年にロンドン交響楽団を指揮した映像作品、1997年にBBC交響楽団を指揮した同じく映像作品、さらに同年グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラを指揮したCD、製品化はされていないが95年のブーレーズ・フェスティバルでの来日時にロンドン交響楽団を指揮したものが映像で存在する。これらにも接した筆者の印象では、録音年が新しくなればなるほどに「円熟」していく―丸くなる、と同義と捉えて頂いてよい―という単純な図式には収まらないことが分る。1997年のグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ盤では若者相手ということもあったのかそのラジカルさに驚くし、95年のロンドン響ではオケを実に精緻に統制している上に恐ろしく「熱い」)。

なんだか取りとめのない文章になったが、ブーレーズの『春の祭典』は結局3つのスタジオ録音全てがスペシャルなものであったし、それは1968年のパリ5月革命翌年に登場したあの殊にエポック・メイキングな演奏だけではなく、他の2つもそう(1991年録音盤前年の1990年はドイツ統一の年。この歴史的帰結と1991年盤の総括的な演奏内容には符合するものがある、とは牽強付会か)。この曲はブーレーズの「オハコ」ゆえ、様々な機会に何度も演奏されたことだろうが、会場に居合わせた人にはそれは事件だったろうし、なによりもこの指揮者自身にとっても『春の祭典』を演奏することは毎回新たな体験だったのではなかろうか。そんな気がする。筆者も、これからも折に触れてブーレーズの『春の祭典』を引っ張り出して繰り返し聴くことになろだろう。これは疑う余地がない。そう、「ブーレーズは生きている」。

1993年DVD_ID9287_IMAGE ENTERTAINMENT

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1997年DVD_3085238_EUROARTS

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1997年CD_4779111_DG

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