久元祐子 モーツァルト・ソナタ全曲演奏会 vol.4|佐伯ふみ
2016年1月17日 サントリーホール ブルーローズ
Reviewed by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
久元祐子(ピアノ)
<曲目>
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 KV282(189g)
ヨハン・クリスティアン・バッハ:ピアノ・ソナタ ト長調 Op.5-3
モーツァルト:ピアノ・ソナタ ト長調 KV283(189h)
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 変ロ長調 KV281(189f)
ヨハン・クリスティアン・バッハ:ピアノ・ソナタ ニ長調 Op.5-2
モーツァルト:ピアノ・ソナタ ニ長調 KV284「デュルニッツ」
ソナタ全曲に挑む、6回シリーズの第1回
コンサート、執筆、録音、レクチャーと、近年ますます多彩な活動を展開している久元祐子が、モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏に挑む。当夜は全6回シリーズの第1回。
ピアニストにとって、モーツァルトのみでコンサートを組むのは、一種の冒険であろう。繊細きわまりない指のコントロールが要求されるからであり、シンプルな曲ほど音楽にするのが難しく、ごまかしがきかないからである。わざわざそんな危険を冒さずとも、ほかに弾くべき(また聴衆に喜ばれる)レパートリーはピアノにはたくさんある。しかし、はたで見ているだけでも、どう時間をやりくりしているか不思議なほど様々な仕事を展開している久元がこうしたシリーズを敢行するに至ったのには、相応の覚悟と心に期するものがあったのだろう。まずその気概、大胆さに感嘆する。そして、このシリーズから将来何が生まれてくるのか、久元ならば必ず「その先」を見据えてのことと思い、今から楽しみである。
第1回の当夜のプログラムは、モーツァルトのザルツブルク時代、間もなく20歳という頃に作曲された初期のソナタ3曲。そしてそれに影響を与えたと考えられる先輩音楽家ヨハン・クリスティアン・バッハの2曲。久元自身によるプログラム・ノートは、この曲目構成の理由と聴きどころを、簡潔ながら雄弁に語って見事だ。
そしてその演奏は…… しっかりと安定した身体、無駄のない動きから、何ほどのこともない、と言いたげに楽々と紡ぎ出される、粒選りの音。まずその一つ一つの音の美しさと、細部まで行き届いたフレージングが素晴らしい。
少し気になったのは前半、とくにオープニングのKV282 は慎重すぎたか、少々出だしが遅く精彩を欠いたのは惜しかったし、KV283のアンダンテ楽章、とても魅力的だが時にテンポが停滞するように感じるところがあった。しかしそれは全体の中では小さなことで、モーツァルトと対比してのJ. C. バッハのOp.5-3 は、確かに二人の才気には歴然と違いがあるものの、アレグロ楽章は佳品であったし、KV283の第1楽章の終わりの音の処理がとても印象的で、面白いと思った。後半はやはりモーツァルトの2曲が聴きもの。不思議に2曲ともロンド楽章が際立って生き生きと弾んで、楽しかった。
オーバーホールを終えたばかりというベーゼンドルファーの音色は、独特の温かみと深みがあって美しい。もう少し、軽さやきらめき、高音と低音の色合いの違いがほしい……などと思うのは、近年すっかり耳になじんでしまったスタインウェイの影響だろうか。個性あるピアノの競演は歓迎。今後も各地で聴かれるようになることを望む。
シリーズの第2回は今年の11月、会場は同じくサントリー、ブルーローズにて。ソナタKV330や545に、変奏曲(きらきら星)も含むプログラムだそうだ。どのような音楽を聴かせてくれるか、楽しみである。