クリスチャン・ツィメルマン|谷口昭弘

ツィメルマンクリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2016年1月10日 横浜みなとみらいホール
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)

<曲目>
シューベルト:7つの軽快な変奏曲 ト長調 Anh.I-12
シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番イ長調 D.959
(休憩)
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960
(アンコールなし)

素朴な主題と、古典的なバランス感覚、劇的な展開、そしてどこかユーモアを含む「7つの軽快な変奏曲」でリサイタルは幕開けした。譜面をつねにピアノに置きながら演奏するツィメルマンは、変化に富んだこの変奏曲を、きびきびとしたペースで進める。作品の真偽は不確定ながら、楽想の多彩さや才能の確かさを感じさせる楽しいオープナーであった。

間をあまり置かずに演奏された「第20番」のソナタでは、冒頭のファンファーレを派手にせず、流れるような、小気味良い前向きなテンポで、第1楽章の、生命感溢れる音楽を紡ぎだしていく。推移部における転調から生まれる嵐のような箇所では、細かなパッセージを手際よく処理しつつ、シンフォニックなサウンドを聴かせる。展開部も中間部で深まりを聴かせつつ、直線的にさっと通り過ぎ、丁寧な再現部へ。第2主題再現部ではきらめく高音や丁寧なアルペジオに聞き入った。
第2楽章は、おそらく意図的に低声部をぽつぽつと切る一方、アルペジオの部分はペダルでしっかりとつなぎ、幻想的に聞かせる。そして、もの寂しそうな抑制したような質を漂わせた。第3楽章は、冒頭の粒ぞろいの和音が軽やかだが、左手は徹底的に伴奏とし、シューベルトの旋律美に聴衆を集中させた。
第4楽章は、無駄のない動きの中に麗しいリリシズムを盛り込み、優しい歌を、伴奏にうっすら乗せていく。後半は広域の旋律が次第に煮詰まってくる感覚にすっかり魅了されつつ、最後の畳み掛けに呆気にとられるユーモラスな側面も。冒頭の変奏曲にも見られる、シューベルトの微笑みが表現されていた。

「第21番」のソナタでは、長いスパンでフレーズを組み立てる路線は「第20番」と共通しており、展開部は淡々としているようにさえ感ずる。しかし力まない一方で、泉が湧き出るがごとく表出される叙情性、思索の中をさまようような後半の盛り上がりなど、ツィメルマンはさり気なく聴き手に第1楽章の多くの聴きどころを訴え、日常的な時間の流れを見事に忘れさせた。特に終結部の極まり方に目を見張った。
第2楽章は一見単調な伴奏に乗せて、自由に目一杯歌い込み、中間部ではベースラインを強調しながら、しっとりと聴かせた。大きな盛り上がりで聴き手を驚かせた後、「第20番」の緩徐楽章に似た寂寥感を残しつつ、終結部には希望の「アーメン」が余韻を残した。
ソット・ヴォーチェで美しく歌われつつ快活で瑞々しい第3楽章に続き、第4楽章の冒頭のユニゾンは、短くぱっと鳴らし、その余韻をサステイン・ペダルで残す。小粋なメロディーがしばらく軽快に続いたかと思うと、激しい箇所ではコントラストを強め、6/8拍子の狂乱となる。決然とした意識で歩むのかと思いきや、最後はやはり、あっけらかんと、一気に持って行かれた。

今回の3曲は、いずれも最後にシューベルトの気持ちのよい余韻を残してくれるものだった。