Back Stage|新作「日本フィル・シリーズ」

10年ぶりの新作「日本フィル・シリーズ」

text by 益滿行裕(Yukihiro Masumitsu)

渡邉曉雄1

渡邉曉雄

「僕たち音楽業界の人間は過去の作曲家たちのおかげでご飯を食べている。その恩返しを今の作曲家にするのは我々の義務だよ。」
指揮者 渡邉曉雄

当然のことながら、オーケストラは作品を演奏することでその存在意義を堅持している。予め提示された作品を(ほぼ忠実に)再現することがその役割であり、いわば作者と享受者を結びつけるメディアである。(特殊な例はあるにせよ)インプロヴィゼーションという行為は基本、存在せず、記譜された記号(=音符)に縛られている点において、オーケストラは個々の音楽家以上に作曲家に依って立っていることは間違いない(場合によっては指揮者以上に)。
冒頭に挙げたコメントは日本フィルハーモニー交響楽団の創立指揮者渡邉曉雄(1919-1990)が遺した言葉である。生前の彼は自身のルーツでもあるフィンランド、特にシベリウス作品の演奏・紹介に生涯を捧げた。と同時にマーラー以降の20世紀音楽にも精通し、彼にとって同時代の「現代(の)音楽」を聴衆とともに共有することを使命としてタクトを振り続けた。もちろん海外の作品にも目を向けていたが、よりドメスティックに邦人作曲家にスポットライトを当てたという意味では、「初演魔」の異名をとった岩城宏之と双璧と言えるだろう。

そんな彼が今から60年前の日本フィル創設期に発案したのが今に残る<日本フィル・シリーズ>である。日本フィルがまだ放送局の傘下だった時代には、「作曲期間の生活を保障する」とともに新作の委嘱を行ってきた。高度経済成長真っ只中の恵まれた条件下、当日20-30代だった矢代秋雄、三善晃、武満徹といった綺羅星のような才能が珠玉の作品を仕上げていった。現代音楽の世界では初演はされても、その後再演される機会は極めて少ない。しかもオーケストラ作品ならばなおさら。しかし<日本フィル・シリーズ>に含まれる作品の多くは、他のオーケストラでも繰り返し演奏され「現代の古典」として扱われる作品がいくつもある。
また日本フィルではここ10年近くの期間で同シリーズの再演企画に取り組んでおり、傑作を改めて傑作として取り上げる場合もあれば、半世紀近く眠っていた作品を叩き起こしその真価を改めて世に問い、ルネサンスを巻き起こすこともあった。

尾高惇忠

尾高惇忠

そして2016年の今、私たちは10年ぶり41作目の新作<日本フィル・シリーズ>と対峙することになる。作曲は尾高惇忠、作品名は《ピアノ協奏曲》。父 尚忠は主に第二次世界大戦前後のN響と重要な仕事を行った指揮者であり作曲家。弟、忠明も現代日本の楽壇を背負ってきた文字通りのマエストロである。惇忠氏自身はフランスで学び長年にわたって東京藝術大学で教鞭をとってきた。寡作ながらもインテリジェンス溢れる洗練された書法に裏打ちされた作品は、国内外で極めて高く評価されている。いわゆる「前衛」と呼ばれる実験的要素やスペクトル楽派のような音響分析やノイズを駆使するのではなく、あくまでも伝統的な五線譜による記譜に基づき、それでいて因習に寄らない確固たるメチエを確立した作曲家である。
初演を務める広上淳一とは広上氏が高校生時代からの師弟関係であり、神奈川県の名門湘南学園の同窓生同士でもある。今回の委嘱に当たっては広上氏の強い意向もあったことは言うまでもない。

芸術のための芸術―――本心を言えばこの考え方、個人的には嫌いではない。ただ現代を生きるオーケストラの一端を支える者としては、やはり芸術は他者と共有されるべき、と考えている。そこで今回尾高作品の世界初演を行うにあたって、広上マエストロと私はあえて少し恥ずかしいくらい(?)の「名曲プロ」でサンドイッチすることにした。シューベルトの《未完成》とベートーヴェンの《運命》というLP時代に重宝された鉄壁のカップリングである。このセットでヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ブルーノ・ワルター、ヘルベルト・フォン・カラヤンといった名匠たちの演奏を楽しんだ方も多いことだろう。ロマン派を、全く風味の異なる現代の音楽と組みわせることで、シューベルトの甘美さを改めて慈しみ、ベートーヴェンの意外な革新性に気づくことができるかもしれない。誰もが知る名曲と未知なる新作との出会いには、こういった組み合わせの妙が潜んでいるのである。

広上+京響2

広上淳一

この原稿を書いている時点では、私も尾高惇忠《ピアノ協奏曲》がどのような響きを纏っているのかわからない。ただそこにあるのは、新作が音として立ち顕れる瞬間への大きな期待である。その場に携わることができるのは再現芸術家集団であるオーケストラとして与えられた特権なのだから。私個人で言えば、矢代秋雄、武満徹、黛敏郎といった「レジェンド」と一緒に仕事できなかった世代として、彼らに続く大家の作品に関われることを非常に嬉しく思っている。
あの渡邉曉雄も抱いていたであろう同時代感という高揚を、皆様も是非サントリーホールでご体感いただきたい。

益滿行裕(Yukihiro Masumitsu)/日本フィルハーモニー交響楽団 企画制作部長
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公演情報/日本フィルハーモニー交響楽団第678回東京定期演奏会
2016年3月4、5日@サントリーホール
5日のみプレトークあり
http://www.japanphil.or.jp/concert/detail_215.html#infoBox01