新しい合唱団 第15回演奏会|大田美佐子
新しい合唱団 第15回演奏会
2015年11月29日 Hakuju Hall
Reviewed by 大田美佐子(Misako Ohta)
Photos by 古市順子
<演奏>
新しい合唱団
田中信昭 (指揮)
中嶋香(ピアノ)
<曲目>
林光: 長くて短い六つの歌(1985)より「幾千年」「キリストの顔」「春の土 秋の土」「降り積む」
山口恭子:「ひぐらし、コガネムシとお昼のニュース」(2015) 委嘱新作初演
間宮芳生:「合唱のためのコンポジション第16番」(2004)
滝廉太郎:「箱根八里」
大中寅二:「椰子の実」
小山作之助:「夏は来ぬ」
河村光陽:「かもめの水兵さん」
金子昭一:「今日の日はさようなら」
アイルランド民謡:「ロンドンデリーの歌」
イングランド民謡:「思い出」
新しい合唱団演奏会 – 委嘱が生み出すエネルギー
代々木のHakuju Hallで田中信昭率いる<新しい合唱団>の演奏会を聴いた。田中信昭と言えば、東京混声合唱団を創立し、日本の合唱界における重鎮である。プロアマを問わず、今も第一線で後進の指導にあたっている。
前半はハーモニーが美しい林光の作品と山口恭子による委嘱新作。後半は間宮芳生と作曲家の名編曲による親しみのある童謡の数々。15人編成のアマチュアの混声合唱団は、その和気あいあいとした雰囲気だけで、音楽の喜びに祝福された空間になってしまう。それが市民による合唱芸術の尊さともいえるだろう。
欲を言えばバランスとして、全体的にソプラノの音色と音量がもう少し豊かであったら、などと考えてしまった。もちろん、間宮芳生の「うばらまい」のかけ声の力強い存在感など、祝祭的な面白さは充分に伝わってきたし、林光の「幾千年」においても、アカペラとなる時の音量のマイナス面を、ハーモニーを丁寧に響かせることで絶妙にカバーしていて、指揮者の耳には感心してしまった。Hakujuホールは、繊細な音の重なりまでも忠実に再現される音響バランスの良いホールで、演奏家にとって実は正直過ぎる恐いホールといえるかもしれない。
今回、特に心に響いたのは、山口恭子の委嘱新作だ。山口は1968年長崎に生まれ、東京芸術大学を卒業後の90年代半ばにドイツに渡り、20年近くデュッセルドルフで活動を続けている。様々な機会に委嘱された作品には、「Der Stehaufmännchen ist umgefallen (だるまさんが転んだ)」(1999)、「Windweben (風の織物)」(テナーサックスとアコーディオン、チェロのための)(2007)、「Buttes Träume (ひらめの夢) 」(2013)などがあるが、楽器の特性を熟考し、丁寧に積み重ねられた繊細な響きを特徴としつつ、どことなくクスッと微笑ましいユーモアと発想が豊かな作品世界である。
今回の詩は、児童文学の世界で活躍し、エリック・カールなどの訳でも知られる工藤直子の作品から三編。「ひぐらし的朝」「コガネムシの飛び方説明書」「お昼のニュース」。作曲者自身、今回の合唱作品にあたり“暗く憂鬱になる出来事が沢山あるなかで、明るく前向きな気持ちを持ち続けたい”と意図したという。確かに、虫の視線で見える別の世界は、音楽的な語り口も機知に富んで楽しい。ピアノはもちろん伴奏役ではなく、歌となめらかに協働して、語り、背景を描き、詩の世界を演じた。繰り返される半音階、不協和の響き、オノマトペ、そして演技。声楽としても技巧的には極めて難しい曲ながら、作品の面白さは充分に伝わった。
世界初演に立ち会えた興奮とともに、数年前に話題になった映画で、現代アートのコレクター夫婦のドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー- アートの森の小さな巨人」が思い出された。ちなみに間宮作品も指揮の田中による委嘱作品である。現代音楽と聴衆との出会いは、プロアマを問わず、こうした委嘱の文化を育てることによって豊かになっていくのではないかと。アーティストをサポートし、未來の音楽文化を豊かにしていく方法には、まだ未知で希望の持てる領域が広がっている。