小林美樹 ヴァイオリン・リサイタル|丘山万里子
Concert Review
2015年11月13日 紀尾井ホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
<演奏>
小林美樹 vl
田村響 pf
<曲目>
チャイコフスキー:懐かしい土地の想い出 op.42
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ短調 op.75
ラヴェル:ツィガーヌ
<アンコール>
フォーレ:夢のあとに
マスネ:タイスの瞑想曲
小林美樹は、2011年第14回ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールで第2位、現在ウィーンで研鑽を積む新進ヴァイオリニスト。ピアノの田村響は2007年ロン・ティボー国際コンクールに20歳で優勝の輝かしいキャリアを誇る。
いかにも若々しいこのデュオ、青春期のたたえる清白な抒情と、ぐんぐん加熱、加速するエネルギーの沸騰と驀進力とがめくるめく交錯する演奏で、しっかり客席のハートをつかんだ。
チャイコフスキー『懐かしい土地の想い出』の出だしのピアノの、柔らかくぼうっと発光する弱奏に、おお、と思う。コンクール覇者の頃から、ずいぶん成長した。そこに、小林がどう乗ってゆくか?おお、なんと忍びやかな、そくそくたる歌だろう。以前、訪れたレニングラードの白夜、いつまでも暮れない空の下、ネヴァ河畔をそぞろ歩く人々のシルエットを思い出す、そんな風に、郷愁という言葉がぴったりな音楽が流れてゆく。まだ20代の二人だけれど、人間の抱く普遍的な「懐かしさ」は、魂の深いところまで降りれば、おのずと湧きあがってくる。<スケルツォ>は音の無窮動な疾走が駿馬を思わせ、<メロディ>はその名のとおり、河面をわたる風のように甘く、優しく、しみわたった。
続くフランクが、素晴らしかった。とりわけ第3楽章、ピアノのアルペジオの夢幻とともに、吐息と吐息がそっと重なるような秘めやかな会話。終楽章の音の奔流を、二人が抜き手でぐいぐいと泳ぎ切ってゆくさまの見事なこと。若さの持つ感じやすさと覇気とが、大きな振幅で立ち現れ、二人の魅力全開の一品となった。
サン=サーンスは、全編、めまぐるしく展開する種々の楽想をうまく読みさばききれない部分もあったが、音楽の柄の大きさ、とくに第2楽章の、光の粒子をはじき飛ばして突進する勢いが圧倒的。隣席の徳永二男氏(小林の師)は、ここで最も盛大な拍手を送っていたが、私は作品も演奏も、フランクのほうが好き。
最後の『ツィガーヌ』、小林の低音のふくよかさ、ヴィオラみたいに豊かで陰影に富んだ音色が、冒頭ソロに生きる。そう、このひとの低音には、そこだけもっと聴いていたい、と思わせる魅力がある。独特の声、といってもいい。
全体を通して感心したのは、彼女が自分の「語り」を持っているということ。書かれている言葉をいかに語るか。その声と語りを大切にしたい新鋭である。