Menu

グスターボ・ヒメノ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団|藤原聡

1111ミューザConcert Review

グスターボ・ヒメノ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

♪2015年11月11日 ミューザ川崎シンフォニーホール

ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」
(アンコール)
シューベルト:劇付随音楽「ロザムンデ」から間奏曲第3番
チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」からポロネーズ

1113サントリー♪2015年11月13日 サントリーホール

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番 ト長調 作品44(ピアノ:ユジャ・ワン)
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作品35
(ソリスト・アンコール)
シューベルト(リスト編):糸を紡ぐグレートヒェン
ユーマンス(アート・テイタム編):2人でお茶を
モーツァルト(ヴォロドス/ファジル・サイ/ユジャ・ワン編):トルコ行進曲
グルック(ズガンバーティ編):「オルフェオとエウリディーチェ」からメロディ
(オーケストラ・アンコール)
マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
リゲティ:「ルーマニア協奏曲」第4楽章。

大方のファンは、今年のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)来日公演の指揮者がグスターボ・ヒメノなる若手―年齢的には中堅か―と聞いて多少なりとも驚いたのではないか(元々はこのオケの打楽器奏者だったとのこと)。録音も存在はしていたし、熱心なファンは知っていた名前ではあろうが、一般的なファンにはほとんど初めて耳にする指揮者、と言っても良かろう。ヤンソンスのRCO退任に伴っての選出であろうが、筆者にとっても全く実力が未知数の存在、そのヒメノのコンサートを2回聴くことが出来た。

最初はミューザ川崎でのベートーヴェン:『田園』とチャイコフスキー:『悲愴』。前者においては流れの良い、極めてオーソドックスな演奏が展開されたが、部分によってはヒメノ独特の主張も聴かれる(例えば第1楽章提示部最後の経過句での強弱の変化、第2楽章のこれも最後の<鳥の鳴き声>におけるマルカート気味のアーティキュレーションや同第2楽章、第2主題でのレガート気味の歌わせ方)。全体としては、部分の工夫による面白さは感じられたものの、全体としては取り立てて特筆すべき演奏ではない。言い換えれば、「高水準な普通の演奏」。後半の『悲愴』は、一言で言うならば端正な演奏、ということになる。第1楽章のクライマックスやスケルツォ(テンポはかなり遅い)でさえ抑制されており、そのコントロールは見事だけれどもドラマが弱く、この曲に潜む「デーモン」は感じられない。しかし、中では第2楽章が出色で、ここでのたゆたうようなリズムと色彩や表情の変化(ことに中間部)は見事。第4楽章でも後半では最大の迫力を聴かせる(ちなみに、スケルツォ終了後にアタッカで終楽章になだれ込んだ。拍手を警戒してのものだろうか)。アンコールが2曲、1曲目はシューベルトの『ロザムンデ』間奏曲。当夜ではこの曲にヒメノの個性が最も刻印されていたように思う。この相当ゆったりとしたテンポは効果的であった。2曲目はチャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』からポロネーズ。実に上品な演奏で、RCOのふくよかな美音をうまく生かしており、迫力が増しても全くうるさくならない。結局、アンコール2曲がこの日の白眉だったのではないか。

ミューザ1ミューザ2

 

 

 

 

 

 

2日目はサントリーホール、1曲目にチャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第2番』(ピアノはユジャ・ワン)、後半にリムスキー=コルサコフの『シェエラザード』。前者については、全く個人的な感想を申し上げれば『第1番』に到底及ばぬ冗長な出来栄えの曲と思えるが(それでも第2楽章でヴァイオリンやチェロのソロが登場してピアノと絡むシーンは美しく、バレエ音楽のようでもある)、ユジャ・ワンは持ち前のテクニックを前面に押し出した演奏を披露して、恐らくはこれ以上のこの曲の演奏にはなかなかめぐり会えなかろう、というほどの演奏を成し遂げていた(逆に言うならば、そういう方向性の演奏で聴き手を退屈させないようにするしかない、とも言いうる)。しかし、むしろこの日のユジャの魅力は4曲のアンコールで炸裂した(オケのコンサートで4曲はやり過ぎ、の声はさておき)。シューベルト(リスト編):『糸を紡ぐグレートヒェン』、ユーマンス(アート・テイタム編):『2人でお茶を』、モーツァルト(ヴォロドス/ファジル・サイ/ユジャ・ワン編):『トルコ行進曲』、グルック(ズガンバーティ編):『オルフェオとエウリディーチェ』からメロディ。特に『トルコ行進曲』での弾けっぷりが爽快極まりない。そして『シェエラザード』は、これはもうコンセルトヘボウの名技にひたすら聴き惚れる演奏だろう。リヴィウ・プルナルのヴァイオリン・ソロも美しく(抑制された感もあるけれど)、木管群の音色の魅力と表現力には感服するしかないし、弦楽器群の統一感と色合いの変化も超一流である。がしかし、例えば第1楽章の「海。シンドバッドの船」。ここでの繰り返される弦楽器の音型は海の波とうねりを表しているが、これは絶え間なく少しずつ形を変えて繰り返される。この延々と変化して行くような悠久の持続性を描くにはその構成力が弱い。大きな「弧」を描くような息の長さに欠けるのだ。短距離走を何本も繰り返すような単発性を感じてしまう。第2楽章では、ソロ楽器群にはかなり自由に演奏させていて(楽譜には「アド・リビトゥム」の指示)、これは良いのだがこの部分的な魅力に留まっている感。第3楽章のあの美しいメロディはもう少し濃厚に歌わせて欲しい。終楽章ではさすがに迫力があるが、最後の難破の場面では第1楽章の「海の音楽」が回帰するようにこの曲は非常に構成的に書かれているけれども、そういう側面があまり生きていない。繰り返すが、やはりRCOの上手さでかなりカバーしているという印象で、ヒメノは曲の全体的な魅力をまだ生かしきれていない、という感がある。アンコールはマスカーニ:『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲、リゲティの『ルーマニア協奏曲』の第4楽章。結局ここでも同じことを書かざるを得ないが、アンコールが1番良い。それは単発の短い曲であるから、ヒメノの「短距離走型」の良さが生きるからだろう。前者のRCOのすばらしい弦を生かしたカンタービレ、後者の短いスパンで入れかわり立ちかわるテンポと楽想の鮮やかな処理、楽器の音色の生かし方、ここにヒメノの最良の美点を見る思い。

と、筆者も思ったことを書き連ねたが、ヒメノの音楽性と才能は明白だし、まだ指揮を本格的に始めて日が浅いとも聞く。元々RCOに在籍していたこともあってか、オケとの相性も良い印象なので、経験を積むことでその演奏がどんどん練り上げられていくのは間違いあるまい。これからに期待しよう。

サントリー1サントリー2