まこりん&くろりんのカバレット「星に願いを」|大田美佐子
まこりん&くろりんのカバレット「星に願いを」
2016年11月28日 きららホール(船橋市民文化創造館)
Reviewed by 大田美佐子(Misako Ohta)
<演奏>
高瀬麻里子(歌)
黒田京子(ピアニスト)
<曲目>
なかにし礼、平尾昌晃:「グッド・マイ・バイ・ラブ」
加藤直、林光:「ギョウザの夢」
谷川俊太郎、高井達雄:「鉄腕アトム」
B.ブレヒト、H.アイスラー:「バイムレン母さん」
野口雨情、本居長世:「人買ひ舟」
北原白秋、山田耕筰:「曼珠沙華」
Ned Washington, Leigh Harline:「When you wish upon a star –星に願いを」
磯辺俶:「遥かな友に」
宮尾節子:「明日、戦争が始まる」(朗読)
黒田京子:「ホルトノキ」(ピアノ・ソロ) など。
まこりん&くろりんのカバレット「星に願いを」- 時代の闇を照らすカバレットのすすめ
船橋駅前のきららホールで、まこりんこと歌手の高瀬麻里子とくろりんことジャズ・ピアニストの黒田京子のカバレット「星に願いを」。
19世紀末のパリのモンマルトルで生まれた寄席芸術キャバレーへの熱狂は、20世紀にドイツの各地に飛び火した。はじめは詩の朗読から展開したため、ここでは<言葉>と<音楽>が協働する。フランスのキャバレー、ドイツのカバレットに魅了された作曲家も少なくない。サティー、ラヴェル、シェーンベルク、ショスタコヴィチ、アイスラー、ヴァイル、ブリテン、バーンスタイン。カバレットは百年以上前から、様々な表現がクロスオーバーする実験場だった。ただし、ベルリン、ミュンヘン、ウィーンなど、カバレットの足跡を現在訪ねてみても、残念ながらノスタルジーを超える舞台に出会えることは稀だ。
その意味でも、今回のカバレット「星に願いを」は、<現在>を映し出すカバレットとして、出色の舞台だった。小さな空間で、ピアノ一台と歌い手の、二人の極めてシンプルな編成から、音楽、芝居、詩の朗読、様々な要素が取り込まれつつ、世界が境界線を超えて展開していく。上演時間は休憩を挟んで2時間。間近の観客を巻き込み、場をまるごと掻っ攫ってしまうほどの圧倒的な力だが、スノッブでない、親しみやすさが信条だ。
なんといっても演者二人の引き出しの多さと豊かさには圧倒された。美しいだけでなく、<詩の言葉を伝える力>が高く評価されている高瀬の声の力。童謡でも歌謡曲でも言葉の重みが、美声のカタルシスとともに浮かび上がる。黒田の語り、歌い、嘶き、憤りを慰めるピアニズム。。変幻自在の二人だからこそ、場にかけられる魔術である。
高瀬麻里子が演じた七変化の個性的な楽しい登場人物たちは六種。八百屋に並ぶ「メロン」から、アンハッピーなエンディングに抗って、何度も竹のような狭い場所に入り地球を訪れる、好色でお茶目な「かぐや姫」。日本語が達者で歌の上手い陽気な「カラオケバーのママ」。田舎町の小さな映画館を営む、訛りが強い「おずさん(小父さん)」、パペットの「カエル」。そして最後は還暦を迎えた今もなお、溌剌と若々しく、地球を憂う「鉄腕アトム」。それぞれのキャラクターが持ち歌、つまり自分たちの世界を歌う。黒田京子のセロニアス・モンクの乗り移りも絶品だった。
様々に計算され、また計算のできない実験が、カバレットの音楽的な時間、そのプロットのなかに一見ポストモダン的に取り込まれていった。「人買ひ舟」からディズニーメロディー、そして「兵士の妻は何をもらった」「バイムレン母さん」などのアイスラーが作曲したブレヒト・ソング、谷川俊太郎作詞の「鉄腕アトム」まで。歌として切り取られた日常と非日常、美醜の狭間を揺蕩いつつ、観客はいつの間にかその詩と音に映し出された<現在>という時代に向き合うことになる。カバレットは、ノスタルジーにまみれるだけでは意味がない。“生きられている瞬間は闇である”(ブロッホ)とすれば、今という時代に少しの光を照らし続けることができるのは、もしかして語りかける強さをもつ歌なのかもしれない。黒田が求め続けているカバレットの根底にも、そんな思いがあるのかもしれない。
かつて、大戦間期ベルリンで活躍したカバレット芸術家のホレンダーは、“カバレットは毒入りクッキーのようなものだ”と表現したが、娯楽でありつつ、時世に鋭いメッセージを投げかけるカバレットは、まさにカンダーの舞台「キャバレー」(1966)の主題歌「ライフ イズ ア キャバレー(人生はキャバレー)」のようである。そして、その効果は熟考されたドラマトゥルギーのうえにのみ発揮される。素晴らしいカバレティスト(=カバレット芸術家)たち、まこりん(高瀬麻里子)とくろりん(黒田京子)による、<現在>に生きることの面白さを、あらゆる面から語る希有な芸術カバレットを、ぜひ多くの人に体験してほしい。