マリア・ジョアン・ピリス &アントニオ・メネセス デュオ・リサイタル2015|谷口昭弘

piresConcert Review

マリア・ジョアン・ピリス&アントニオ・メネセス デュオ・リサイタル2015

2015年11月7日 すみだトリフォニーホール
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
マリア・ジョアン・ピリスpf
アントニオ・メネセスvc

<曲目>
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ 第2番 ト短調 op.5-2
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op. 111
(休憩)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタ 第3番 イ長調 op.69
<アンコール>
ショパン:チェロ・ソナタト短調op. 65から第3楽章

すみだトリフォニーホールの大ホールで多くの聴衆を相手に交わされた親密な対話を堪能した。特に今回選ばれた演目は、いずれも緊張と自由な対話の両方を必要とするもので、奏者どうしの関係が現実の音の中にあらわになるような、怖くもあり期待の持てる内容だった。

最初に演奏されたベートーヴェンのチェロ・ソナタ第2番では、第1楽章冒頭から絶妙な音の立ち上がりとともに、西洋音楽における「沈黙」の意味について考えさせられた。西洋音楽における沈黙は休符に代表されるように計測されたものではあるが、時計のように機械的に刻むものでもないだろう。メネセスとピリスの2人の間には、幾度も交わされた音と沈黙の交錯があり、その楽譜に記された沈黙の絶妙で自然な扱い方に、息の合ったアンサンブルを聴いた。
第2楽章では楽曲の性格に従いピリスのピアノが主導する部分が多いものの、メネセスも冒頭から力強い主張で起伏に富んだ音楽作りを協同させていく。最終楽章ではピリスとメネセスが絶えず切り替わる互いの役割を自然に認めながら、それぞれが個々の音楽を持ち、時には寄り添い、時には相対峙して、重厚な響きを聞かせていた。

続いては、ピリスのピアノ独奏によるベートーヴェンの32番のソナタ。第1楽章は少ない動機を繰り返しながら展開する。その中にベートーヴェンは確固とした展開を考えつつ、どこかで格闘しているよう。その思考の経路を、ピアノから生み出される音を通してピリスもたどっていた。
ピリスは第2楽章において、両端音域に提示される2つの音色によって創出される不思議な音響世界を聞かせた。一方スイング感のある変奏では、打楽器的、あるいは音による身体性を彼女は楽しんでいるようだった。後半になると、ピアノの音色を熟知したベートーヴェンが僅かな聴力と想像力の中に聴いていた凝縮した音の粒子がピアノの共鳴体の中で、さわさわと光っていた。聴力が衰え、聞こえない音の世界なかで、ベートーヴェンは最後までピアノの音響の可能性を追求し、実験精神を旺盛に持っていた。そして自らに、自分の音楽に達観するだけでなく、まだまだ人間の創作を極めようとしていた。そんなことをピリスの演奏を聴きながら考えた。

後半はメネセスによるバッハの無伴奏チェロ・ソナタから。舞踊のリズムは、この曲の一つの出発点だろう。しかし舞踊のリズムやテンポを律儀に演奏すれば、どうしてもチェロの奏でる旋律がものすごく忙しく聞こえそうだ。そのためなのかは分からないが、メネセスは、舞踊のリズムを押さえつつも自由に音価をたゆたうように揺らす。そして思い思いの楽想を盛りつける軌跡がチェロから聴こえてきたようだった。彼のそのようなやり方は多分にロマンチックだが、<プレリュード>などは彼の個性が強く息づいていた。後半、音域が割と固まって一つの音型が繰り返される箇所では、ゼクエンツを使って盛り上げ、ぐっと聴き手を引きつけていった。
その後の<アルマンド>ではさらに情念が盛り込まれ、思わず瞑想きわまってしまうところさえあったし、有名な<サラバンド>においても、規則的な反復する拍節感をどこかに残しつつ情感を盛り込んでいく彼の手さばきを、こちらも期待を持ちながら聴いた。一方<メヌエット>や<ジーグ>では、聴き手を巻き込み畳みかけるために舞曲のリズムが使われていた。

最後に演奏されたベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番では、音と音との楽しいふれあいと友情を聞いた。冒頭からそれぞれの楽想を交互に出し合い、喜びを分かち合っていた。
激しいスケルツォの後、第3楽章ではゆったりとしたテンポによるデュオが、とてもバランスよく聞こえてきた。そして第4楽章では互いに聴き合い対話する様に圧倒された。この楽章では、曲を主導したり支えたり、あるいは共演したりと、細かく役割が変わるのだが、ピリスもメネセスも、必要とあれば、さっと表に出て、そうでなければ相手を素早く支える。2人とも曲を知り尽くしているだけでなく、相手の出方を知り、なおかつ互いに納得しているのだろう。

アンコールにはショパンのチェロ・ソナタから緩徐楽章が披露された。ピアノの低声部がすっきりしていて、メネセスのチェロも身軽で驚いた。ショパン、パリ、サロンという軽薄な類推はするべきではないと思いつつも、濃厚なコンサート本編の後に、爽やかな口直しをした気分だった。

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