folios critiques①|三善晃あるいは音楽の教科書|船山隆

folios critiques①

三善晃あるいは音楽の教科書

text by 船山隆(Takashi Funayama)
photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

サントリーホールが東京にできた頃を境に、日本各地に立派な音楽ホールが続々と開設され、きわめて充実した音楽活動が行われつつある。ご同慶の至りである。

しかし、私はずっと前から、100人ないし200人規模の小さな音楽ホールに興味をもち、演奏家と聴衆が文字通り顔をつきあわせて音楽する情景にも強く惹かれてきた。私は1982年6月に東京大森の小さなホールスペース桐里で、ドビュッシーの『アッシャー館の崩壊』を日本初演して、多くの聴衆の賛同を得ることができた。ごく最近では、郡山市民会館と阿武隈山脈の古民家コギト館で<秋の日のギター&ピアノ>というコンサートを企画し、入場券はすぐに売り切れになった。というようなこともあり、10月17日土曜日、東京の永福町にあるsonoriumというホールに出かけた。<響きの里・音便り―三善晃作品集>というコンサートは、どうやら先年亡くなった三善晃の由起子夫人が「死後2年くらいたったら室内楽のコンサートを開いて欲しい」という遺言により開催した催しのようだ。
三善のピアノ曲や室内楽曲が、山崎伸子のチェロ、鈴木大介のギターなどで演奏され、大きな拍手を集めていた。これらの腕っこきの演奏は安心して、すべてを委ねることができる。メゾ・ソプラノの林美智子は初めて聴く音楽家であったが、その誠実な演奏スタイルにすっかり心を奪われた。林は、プログラム解説によれば、カルメンのタイトルロールでも人気があったというが、私には林のカルメンは少し想像するのが難しかった。林はもっと地味な歌が似合いで、三善の『りすの子』『栗の実』『貝がらの歌』という子供たちのための歌を歌っていたが、三善自身の手になる詩のイメージを十分に膨らませた素晴らしい演奏であった。

ところで、これらの作品は、三善が1970年代後半に教科書会社の若い編集者たちと一緒になって、日本の子供たちのために作曲したものである。当時三善は、小中学校の音楽の教科書の編集に取り組んでおり、教育出版というところから『小学音楽おんがくのおくりもの』『中学音楽のおくりもの』を出版している。教科書の出版編集にあたっているのは10数人の音楽教育者であるが、三善はそのトップに立っていた。教科書をぱらぱら見ていると、カバーに辻井伸行とかフジコ・ヘミングなどの写真が飾られている。(この二人が教科書の口絵に飾られてもいいものだろうか?)私はこの教育出版の教科書はおそらく一番使用されている教育芸術社の小中学校の教科書の次の地位に立つものだと思う。こういった教科書を見ていて気がつくことは、日本の伝統音楽やアジアの音楽が占める位置が非常に大きくなっていることである。おそらくそのようなきっかけを作ったのは、『新編 新しい音楽 1』(服部幸三・柴田南雄・小泉文夫・石黒一郎共編 東京書籍)であろう。
そう考えて、東京書籍の教科書を手にとってみたいと思い、まず東京藝大の図書館に問い合わせたところ蔵書がなく、また2、3の音楽大学に問い合わせてみても同じような結果である。わずかな例外は東京藝大の小泉文夫資料室で、3冊が所蔵されているが、資料室の予算の不足からか、開館・閲覧時間が限定されており、数日待ってもまだ閲覧できない状態である。
おそらくこの教科書によって中学の音楽の領域は歴史的にも地域的にも拡大されたと思われるが、日本の図書館の音楽教科書の扱い方はかくも貧弱なものである。それはとりもなおさず、私たちの音楽の教科書への認識が極めて低いことの表れだろう。

私の信頼する音楽教育学の教え子に、聖心女子大学教育学科教授で、東京藝術大学大学院非常勤講師の今川恭子さんがいる。私は教科書問題についてもいくつか相談に乗っていただいた。彼女は『戦時下の子供・音楽・学校―国民学校の音楽教育』(開成出版 2015年)という優れた共著の著者でもある。私はこの本の内容に感心し、今川さんに戦時下ではなく、現時下の音楽教科書についてどう思うかと問い合わせたところ、どうも明確な返事が返ってこないようである。音楽教育はきわめて難しい問題を抱えているのであろう。
私は小・中学校の音楽教師だった母に育てられ、自分は東京藝術大学で高校と中学の一級の音楽教育の免許を取得したが、私の大学時代は、学年の代表者一名が、附属高校の音楽の時間に一時間だけ教育実習をし、他の学生はそれを聴講するだけで免許がもらえたのである。私に音楽教育について判断する力があるわけがない。

私は最近小中学校の音楽の教科書を入手して研究をし始めたばかりでもあり、まだその細部について論じることは避けておきたい。しかしここで強調しておきたいことは、私たち音楽関係者のどれだけが教科書に興味をもっているかということである。日本国中で大変多くの人達が使うにもかかわらず、ほとんどの人が子供や孫の教科書を覗いたこともないのではないだろうか。国歌君が代は、教育の現場でどう扱われているのか。本誌の編集長丘山万里子さんは、君が代については、一家言持っているらしいので、君が代談義もしたいものだ。各学校の校歌の教育にはどの程度の力点が与えられているのか。私たちが検討しなければならないことは多いはずである。皆さん、時にはオーケストラの定期公演を休んででも、お子さんやお孫さんの音楽の教科書を覗いてみませんか。そこから社会科や歴史の問題にも思いを馳せてみるのも悪くない。そして、何か意見があれば本誌のような場所にご投稿くだされば嬉しく思います。

なお私事にわたるが、私は母校高瀬小学校の校歌のリニューアル披露式のため、11月7日(土曜日)に郡山市まで出かける予定である。私見によれば、小学校の校歌は、新旧の地域の人々をつなぐ環の一つだ。また機会があれば、地域活性化の要としての校歌リニューアルについてご報告したい。

時は秋、連日演奏会に出かけて、今日で四人のピアニストを連続して聴くことになる。その他外来オーケストラの演奏会も続いている。メルキュール・デザールの読者諸兄諸姉は、このような音楽会の批評を読みたいとお思いでしょうか。

<追記>
私の教員免許は、次の通りであることを確認。
中学校教諭一級普通免許状、高等学校教諭二級普通免許状。
11月7日、母校の郡山市立高瀬小学校で、校歌新伴奏譜披露会を開催。

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船山隆(Takashi Funayama)
福島県郡山生まれ。東京藝大卒、パリ第8大学博士コース中退。1984年より東京藝大教授、2009年同名誉教授。2014年より郡山フロンティア大使。1985年『ストラヴィンスキー』でサントリー学芸賞受賞。1986年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1988年仏の芸術文化勲章シュヴァリエ受賞。1991年有馬賞受賞。東京の夏音楽祭、津山国際総合音楽祭、武満徹パリ響きの海音楽祭などの音楽監督をつとめる。日本フィルハーモニー交響楽団理事、サントリー音楽財団理事、京都賞選考委員、高松宮妃殿下世界文化賞選考委員を歴任。