Books|これを聴け|佐伯ふみ

これを聴け

booksaekiアレックス・ロス著
柿沼敏江訳
みすず書房/2015年10月刊 4600円

text by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)

「私は『クラシック音楽』が嫌いだ。音楽のことではなくて、この名称が嫌いなのだ。しぶとく生き残っている芸術を、過去というテーマパークに閉じ込めてしまうからだ。……ただたんに『音楽』について語るジャズの人たちがうらやましい。」

音楽批評家アレックス・ロスの最新作『これを聴け』。第1章の冒頭はこんなふうに始まる。ここですでに共感し惹きこまれる人は多いのではないか。筆者もそのひとり。「クラシック」という言葉はあまりにも狭すぎて、よけいな価値判断を含んでいて、居心地が悪い。ある時たまたまこの音楽につかまってしまって、深く知れば知るほど面白くなって……日々それと共に生きているだけ。ほかの音楽を拒否したり否定しているわけではない。自分が好み、語っているのは、ただ単に「音楽」なんだ。本書の著者の出発点は、まさしくここにあるのだろう。

アレックス・ロスは1968年ワシントン生まれ。ハーバード大で作曲を学ぶが、「天分も才能もなかった」ため筆を擱き、在学中から書き始めた評論で次第に頭角をあらわす。『ニューヨーク・タイムズ』、『ニューヨーカー』などで音楽批評を担当、初めての著書 The rest is noise: Listening to the twentieth century (2007)が十数カ国に訳される世界的な大ヒットとなり、日本でも柿沼敏江氏訳で『20世紀を語る音楽』として出版、大きな話題となった(全2巻、みすず書房、2010年)。

前著は、20世紀の文化史と音楽の動きを、通史として、これまでになかった新鮮な切り口で提示してみせた。そのヒットを受けての本書は一転して、文化を輪切りにして横断的に論じる自由なエッセイ。クラシック音楽(モーツァルト、シューベルトといった18~19世紀の作曲家を含む)のみならず、レディオヘッドやビョーク、ボブ・ディランといったポピュラー音楽まで、縦横無尽。構成のスタイルは、iPodにジャンルを問わず様々な音楽を流し込み、シャッフル機能で聞きながす聴体験を模している。この該博な知識と連想の閃き。批評家としての圧倒的な体力にほとんどあきれるばかりである。翻訳も力業で、前著に引き続き、不明瞭さのまるでない自然な日本語に訳し通した、柿沼氏の筆力にも脱帽。しっかりとした索引、註がつき、読み応え十分の「音源案内」がつくのも前著と同じ。こうした部分に版元の力量が如実に表れる。著者・訳者・出版社と三拍子そろって、美しい本に仕上がった。

冒頭の1章で、著者のバックグランドが語られる。今にして思えば「異様」だが、「20歳までクラシック音楽だけを聴いて育った白人アメリカ人男性」。大学のラジオ局でクラシック番組を担当していたとき、その後に放送される番組がパンク・ロックで、「DJたちはクラシック・ファンを憤慨させるために、いちばんかん高い、いちばん粗野な歌から彼らのセッションを始めた」。心をこめて作ったカラヤンの追悼番組のあとで、スクリュードライヴァーのネオ・ナチ風の賛歌が流されるなど(このエピソードには笑わされた)、お互いに一本とった/とられたの競争が始まり、やがて、パンク・ロッカーたちの知性と面白さに魅せられて、ロック/ポップの世界にはまり込む。一時はクラシック音楽からすっかり離れた著者だが……

しかしやはり戻ってきた、「クラシックのゲットー」。著者のこの強い言葉には驚かされるが、これは決して自虐や皮肉だけの言葉ではないことが、その後の叙述からわかる。なぜクラシックはゲットー化するのか、なぜ「クラシック音楽」という「致命的な言い回し」が広まったのか、コンサートのありようを歴史的に振り返ることで説き起こしていく。コンサートで鳴り響くベートーヴェンの「傲然とした」和音が、いかにも「これを聴け」と言わんばかり--本書の風変わりなタイトル(Listen to this)はここに由来するらしい。クラシック音楽の、確かに特殊な押しつけがましい性質を十分に承知しつつ、それでも愛してやまない著者。「クラシック音楽についてポピュラー音楽のように語り、ポピュラー音楽をクラシック音楽のように語りたい」という、挑戦的な企ての結実が本書なのだろう。

あちこちに、その音楽なり人物の本質を鋭くえぐりだす、啓発的な言葉がある。加えて、音楽をあの手この手で描写する、その語彙の豊かさと、変化に富んだ文章の運び。たとえば内田光子。対話を交わしながら、その語りや笑い声の響きを冷静に観察し、一つの音楽のように描写してみせるロス。そのユーモアと、臨場感あふれる表現!(メシアンの採譜、というくだりにはこちらも笑った)

あるいは、『椿姫』を例にヴェルディの作曲の凄みを語る章。この作品の名盤は確かにマリア・カラスであり、彼女を手引きに、たった一つのフレーズからヴェルディの本質を照射しようとする。「少ないが重要な言葉で」としつこく台本作家に指示を出すヴェルディ、そして実際の音楽もごく短いフレーズで、時に聴衆には聴きとれない細部に密かに埋め込まれていたりする。忘れがたいカラスの絶唱「愛して、アルフレード」のひとこと、その響きの特徴を「rrrr」と表現したビョーク……。

あちこちに警句のように埋め込まれた、光る言葉を拾いはじめたら切りがない。読みやすいが、決して読み流せる本ではなく、行きつ戻りつ、シャッフルしながら味読したい本である。