Back Stage|メナヘム・プレスラー

Back Stage

91歳 メナヘム・プレスラーのこと
text by 荒井雄司(Yuji Arai)

(C)Alain Barker

(C)Alain Barker

世界の至宝、そう私が確信するメナヘム・プレスラーについて、その素顔を少しだけご紹介します。

この度エコー・クラシック特別功労賞生涯業績賞を受賞したメナヘム(尊敬と愛情を込めて、そう呼ばせていただいています)との出会いは、庄司紗矢香さんがもたらしてくださいました。紗矢香さんは、メナヘムを敬愛し、ヨーロッパ各地のコンサートに通い、教えを乞いました。その彼女の情熱が、ふたりのデュオ・コンサートへとつながりました。メナヘムからデュオが提案された時には、紗矢香さんご自身も大変驚き喜んだそうです。もちろん、私も”メナヘム・プレスラー”という偉大な音楽家のことはボザール・トリオの数々のCDからも知っていましたので、メナヘムと紗矢香さんのツアーをお手伝いさせていただくことになった時には、大変光栄な機会と感じていました。

その後、メナヘムとメールのやりとりを重ね、2014年3月、成田空港のゲートでメナヘムと初めて対面した時のことは忘れられません。写真と映像から想像していたよりもずっと小さなマエストロ、身長180cm強の私を優しい眼で見上げ、ぎゅーっと手を握ってくれた力の強さ、暖かさ、そして「会えて嬉しい、しかしきみはこんなに若かったのか!」と。そして、来日早々、長時間にわたる濃密なリハーサル。この機会を逃すまいと、私は譜めくりをかって出ました。間近で体感するメナヘムのリハーサル、それは本当に特別な時間でした。音楽の中に自分も溶け込むようで、音色、タッチ、ルバート、魔法のようなピアニッシモ、全てが初めての感覚でした。メナヘムが紗矢香さんに優しく囁くようにアドバイスをすると、みるみるうちにモーツァルト、シューベルト、ブラームスに血が通い、音楽が生まれていきます。しかし、メナヘムは決して現状に満足しません。永遠に音楽の高みを追究する姿勢は、「今日より明日、明日より明後日、それが50年ボザール・トリオで毎日やってきたことなんだよ」というメナヘムの言葉にあらわれています。紗矢香さんに語りかけるメナヘムの横顔、その一言一言に、私は言葉では言い表せない尊敬の念を深めました。

photo by  Yuji Arai

photo by Yuji Arai

この数日間にわたるリハーサル、そして日本各地でのコンサート、そしてレコーディング、私にとってまさに眼から鱗、心が洗われ生まれ変わるような2週間でした。サントリーホールで行われた公演はテレビ放映され、ライブレコーディングも今月リリースされます。あの感動の演奏を再び聴けること、待ちきれません。舞台上でのふたりのアイコンタクト、リハーサルで積み重ねたことが、うまくいった瞬間のふたりの表情をみたときの、まるで自分まで二人が紡ぐ素晴らしい音楽に参加しているような感覚はマネージャの特権?、その感覚を忘れることができません。

音楽から話はそれますが、メナヘムの隣で彼のテンポでゆったりアンダンテで歩いて見る日本各地の景色は格別です。多忙な日常で見落としていたものがいかに多いかを感じさせてくれました。
メナヘムは、お昼も終演後も気持ちよいほどに食べ(納豆を含む和食の朝御飯も、鰻も食べました)、お酒もよく飲みました。それらの様子や、心から幸せそうに眼を輝かせてご自身の思い出話(オーマンディ指揮フィラデルフィア管との共演やハイフェッツの家を訪ねたときのことなど映画のような話ばかり!!)をするさま、その全てが私を幸せで優しい気持ちにしてくれるのです。それは彼と接した全ての人が体験することでしょう。

さらに余談ですが、当時90歳のおじいちゃま、ひとりでアメリカからヨーロッパ中を旅し、そして日本へ、iPhoneとiPadを使いこなします。電話やメールはもちろん、skypeなどのコミュニケーションアプリで世界中と繋がっています。リハーサル、本番を終え、食事を済ませてから深夜まで電話をしたり、世界各国からのメールに丁寧に返事を書いたり。ちなみに、ホテルに到着して私のする最初のお手伝いは、スーツケースを開けて、洋服をハンガーにかけることではありません。なにより先にiPhoneとiPadをwifiにつなぐことでした。音楽というアナログも、最新ツールのデジタルも、「コンタクト」という意味では同じこと。彼にとっては自然なことなのだろうと思いました。

Paris, CNSM, enregistrement de Menahem Pressler - Mozart

(C)Julien Mignot

日本ツアーの最終公演を松本で終えた翌日。成田空港への移動中もたくさんの話を聞かせてくださいました。この日は写真家の故・木之下晃氏から託された質問をインタビューするという役目もあり、メナヘムの子供の頃からの話を中央道から首都高、そして東関道と長い道のりでゆっくりゆっくり聞かせてもらいました。途中少しおやすみになったりしますので、テンポを見ながらのインタビューとなりましたが、ナチスから逃れ、ドイツからイスラエルへ移住、大切な人たちとの出会いと支え、アメリカでのコンクール優勝、デビュー・・・とドラマティックな話は多岐にわたりました。「ドイツ語では、わたしのようなのをGlückspilz(英語でlucky mushroom、幸運な人)というんだよ。出会ったたくさんの人がわたしを助けてくれる。みんな家族のよう、あなたもそうだよ。出逢えて本当に嬉しい」といつもの優しい笑顔で話してくれ、メナヘムは日本をあとにしました。

このツアー以来、私はメナヘムを定期的に訪ねるようになりました。そうせずにはいられないのです。2014年夏のヴェルビエでのトリオ、大晦日のベルリンでのベルリン・フィルとのモーツァルト、今夏再びヴェルビエでのマティアス・ゲルネとの天国的な『詩人の恋』(91歳にして新しいレパートリー!!)等々、かけがえのないコンサートの数々を聴かせてくださったことに感謝の気持ちでいっぱいです。

来る11月には日本で待望のソロ・リサイタル、N響、そして水戸室内管との初共演が実現します。
再びメナヘムの音楽が聴ける喜び、そして暖かい人柄に接することができるのを心待ちにしています。

荒井雄司(株式会社AMATI)

Paris, CNSM, enregistrement de Menahem Pressler - Mozart

(C)Julien Mignot

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公演情報:

http://t.pia.jp/pia/artist/artists.do?artistsCd=A4080002
http://amati-tokyo.com/performance/20111025.html