Books|科学者は戦争で何をしたか|丘山万里子
益川敏英著
集英社新書0799C
2015年8月出版 700円
text by 丘山万里子(Mariko Okayama)
この4月、手元に届いたCD『紺野陽吉の音楽〜戦後70年、五線紙から蘇る〜』を聴く時間をやっと見つけた。紺野は1913年山形県生まれの作曲家。1945年満州で戦病死している。出征直前、清瀬保二に託した手稿3曲をCD化したものだが、そのうちの<弦楽3重奏曲>は第3楽章が未完で、それをそのまま演奏したヴァージョンが入っている。Allegro ma non troppo con leggieroの軽快な弦の響きが、突然断ち切られる、そこで、深く胸を突かれた。
で、話題の近刊『科学者は戦争で何をしたか』を読もうと思った。
科学者が戦争で何をしたか、私たちは知っているようで知らない。ノーベル賞受賞の理論物理学者が、昨今の日本の政治を憂え、改めて戦時を振り返りつつ科学のありかたを警告するこの書は、さらさら読めつつ、要点は心に刻まれる。
原子爆弾やベトナム戦争での国家権力と科学者のふるまい。巨大化し、人間の手から遠ざかる科学、専門に細分化され研究の全貌が見えない科学者たちの現状。資本による、研究の選択と集中。軍事研究の現在から、原子力利用の是非、戦争をなくすために今すべきこと、など、その語りは明瞭だ。
益川の恩師である坂田昌一の「科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」という言葉を座右の銘とし、デモにも加わる行動派科学者の熱い想いと姿勢がまっすぐに伝わって来る。
科学者の端くれとして、戦争に利用されたくはないし、加担したくもない。「戦争で殺されるのも嫌だけど、もっと嫌なのは自分が殺す側に回ることです。」という言葉はシンプルに強い。
そんな彼が、最後に明るい展望を述べているのも、科学者らしいところ。100年、200年のスパンで見れば、人類の未来はそう悲観したものじゃない。我々の社会が確実に進歩してきているのが分かる。20世紀は2つの世界大戦で血塗られているが、21世紀に全面戦争は起こりにくい。200年先に、彼は戦争のない地球を思い描く。
そのために今、何をなすべきか。
安倍政権は安保法制を変え、「交戦権」を手に入れようとし、そのための軍備に手を貸す科学者もたくさんいるはず。「その流れに抵抗するには、我々一人ひとりが危機感を持って結束し、立ち上がる必要があります。」
音楽家は戦争で何をしたか、を思いつつ。
紺野の、断ち切られた音が鋭く耳を刺す、今、私たちのなすべきことは。