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五線紙のパンセ|その3)冬の時代|寺嶋陸也

その3)冬の時代

text by 寺嶋陸也(Rikuya Terashima)

冬の時代長い冬の時代にいる、と感じることがますます増えてきた。5年前の東日本大震災のころからだろうか。いや、もっと前、ブッシュが引き起こしたイラク戦争に協力すべく、ときの小泉政権が自衛隊を海外派兵した頃からすでに冬の時代は始まっていたような気もする。

1930年頃から太平洋戦争突入までの年月を経験した人たちが、今はその時代と酷似していると繰り返し警告し、戦争を経験した世代は、あのようなことは2度とあってほしくない、と強く訴えている。
戦争が起きて欲しいと思っている人はいない、と普通の人ならそう考えるだろう。しかし、この長い冬の間に私はこう考えるようになった。現在世の中を動かしている人たち、政治家であれ官僚であれ、権力をもっている人たちの多くは、実は、戦争が無いほうがいい、などとは考えていないのではないか。戦争の準備には(もちろん遂行にも)金がかかる。金がかかることをすれば潤う人たちが確実に存在し、そういう人たちはいつの時代も常に権力者とは親和性が高い。もちろん、権力者としては、戦争がしたい、とか、戦争に協力したいなどとおおっぴらに言うことはできないから、表向きは平和を大切にするフリはするかもしれない。と思っていたが、最近はそうでもなくなってきた。(念のため言うなら、権力者、というのは、民主主義の世の中にあっては国民イコール権力者、であることが建前だが、今の日本ではもちろんそうなってはいない)

安倍政権は、特定秘密保護法や集団的自衛権を認める安全保障関連法案をろくな議論もせずに無理やり成立させ、自衛隊の文民統制を大きく逸脱、はたまた兵器など軍事産業への国をあげての積極的関与をすすめるなど、衣の下にちらつかせていた鎧を、もはや隠そうともしなくなった。なりふり構わず、というやつである。原発を再稼働させることだって、儲けたい人に金を儲けさせてやれる上に、自前で核兵器を持つ道筋も確保しておきたい、そのためには事故が起きようが構うものか、というのが現政権の本音なのではないか。

こんなとき、音楽家に何ができるだろうか。
反動的な世の中にあっても、芸術は力を持つ、ということを、私達は音楽の歴史から学んでいる。もちろん、ここでの力というのは、社会を変革する力という意味ではなく、ひとりひとりの心の支えになることができる、というくらいのことである。支えられたひとりひとりの心が集まれば、ときには、それが社会を変革する力になることもあるかも知れない。現代の日本に即して言うならば、社会の変革とまではいわずとも、「戦争前夜」の流れは、なんとかくい止めたい。

幸い、音楽活動が制限されるようにはまだなっていない。スポンサーがつくとか、商業的な公演の場合はともかく、そうでない場合には自由に曲目を選び演奏することもできるし、作品も自由に発表することができる。しかし、マスコミが次第に萎縮しているように、自主規制のような形で「これこれの内容の演奏会にはホールを貸せません」などといわれるようになる日も遠くは無いかも知れない。

《新しい耳》と題された演奏会シリーズに選んだ曲目は、いずれも「冬の時代」に関わるものである。林光の《希望》(2010)というピアノ曲のタイトルは、エルンスト・ブロッホの「希望は裏切られることがあるだろうか。希望は裏切られる、何度でも。裏切られることによって、希望は確かなものになって行く。」という言葉からとられている。《原爆小景》や《とこしへの川》といった、原爆をテーマとした合唱曲のモチーフを中心に組み立てられたその響きは、苦渋に満ちている。
春を待ちながら、しかし、ただ待つだけではなく、じっくりと力を蓄えて春に備える、いや、むしろ春を呼びこむ力を持つ音楽。そういう音楽を、作り、演奏していきたいと思う。

★公演情報

◎新しい耳 テッセラの春・第18回音楽祭
第3夜~エレジー~寺嶋陸也の耳vol.2 ピアノ・ソロ
2016年5月22日(日)16:00開演
サロン・テッセラ(世田谷線「三軒茶屋」駅前)03-3421-0541
¥5,000(ドリンクつき)

ショパン:幻想ポロネーズ Op.61
寺嶋陸也:エレジー(2004)
林 光:希望(2010)
ラヴェル:クープランの墓

チケット・問合せ:アレグロミュージック 03-5216-7131

◎林光・カンタータ「脱出」を公募合唱団で歌うコンサート
2016年7月28日(木)19:00開演
ザ・シンフォニーホール 06-6543-1010
全席指定 A席¥6,000 B席¥5,000 C席¥3,000

指揮:寺嶋陸也
ソプラノ:中嶋康子 テノール:松原友 朗読:新井純
合唱:カンタータ「脱出」2016合唱団(合唱指揮:西岡茂樹)
大阪フィルハーモニー交響楽団

寺嶋陸也:《森を歩きながら》(新作初演)
林光:カンタータ《脱出》(木島始・詩)

チケット: 「十二の月のおくりもの」実行委員会072-428-7762
大阪フィル・チケットセンター06-6656-4890
ザ・シンフォニーホールチケットセンター 06-6453-2333

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寺嶋陸也(Rikuya Terashima)
東京藝術大学音楽学部作曲科卒、同大学院修了。オペラシアターこんにゃく座での演奏や、2003年パリ日本文化会館における作品個展「東洋・西洋の音楽の交流」などは高く評価された。『ヒト・マル』『末摘花』『ガリレイの生涯』などのオペラのほか、室内楽、合唱曲、邦楽器のための作品など作品多数。ピアニストとしての内外の演奏家との共演や指揮など活動は多方面にわたり、CDへの録音も多い。