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ウィーン便り|ウィーンのイースター|佐野旭司

ウィーンのイースター

text & photos by 佐野旭司(Akitsugu Sano)

日本ではゴールデンウィークが終わってそろそろ1週間になる。日本では4月末から5月初めに連休があるが、その時期オーストリアでは5月1日がメーデーで祝日となる以外は普段と変わらない。
その代わり4月には2週間ほど休暇があり、今年は4月の第2週から第3週に大学では授業が全く行われなかった。これは教会暦にちなんだイースター休暇と呼ばれるもので、この2週間は主の受難と死、復活の時期に当たる。ウィーンでは(おそらくヨーロッパの他の地域でも)この時期に学校などが休みとなる。この休暇はキリストの受難を記憶する聖週間と呼ばれる時期から始まる。
その聖週間の頃から街ではイースターマーケットが開かれる。ウィーンではクリスマスには広場があればどこでもマーケットを開くが、イースターマーケットは場所が限られ、また規模も小さい。今年はシェーンブルンのイースターマーケットを見てきたが、正門のところにある広場で開かれていた。クリスマスマーケットも同じ場所で開かれていたが、その時にはこの広場全体を使っていたのに対し、イースターマーケットはそのうちの一角にとどまっていた。売っているものはお菓子、お酒、イエスやマリアの木の彫刻など、基本的にはクリスマスマーケットと同じだが、やはりメインはイースターエッグだった。卵の殻に色とりどりの模様を描いたり彫刻を施したりしたものが店頭に並んでおり、それがことさら目を引いた。
また同じ時期にはスーパーのレジのところに、イースターエッグを飾ったネコヤナギの枝が置いてあった。聖週間の始まりとなる枝の主日(今年は4月9日)の礼拝でも、聖職者や参列者が同じ木の枝を持ってお祈りをしていた。どうやらこちらではこの木がイースターにとって重要なものらしい。なぜイースターの時期にネコヤナギなのか、詳しいことは分からないがハンガリーではこの時期にネコヤナギの枝を用いる風習があるらしく、オーストリアはハンガリーに近いのでその影響かもしれない。

聖週間から次の週の始めには主の受難や復活を記念する礼拝が行われるが、私は聖金曜日にシュテファン聖堂で「十字架の道行き」という儀式を見てきた。これはイエスが十字架を背負ってゴルゴタの丘に行き磔刑に処せられる受難を追体験する祈祷であり、音楽作品でも、フランツ・リストがローマに住んでいた時にこの儀式のために同名の合唱曲を作ったことで知られる。シュテファン聖堂では数人の聖職者が蠟燭や紫色の布にくるまれた十字架を持ち、参列者がその後に続いて行列をなしていた。その行列は聖堂内を歩き回り、数か所で立ち止まる。そしてそれぞれの場所で聖職者の説教(おそらく聖書にある受難章句の朗読)や聖歌の斉唱が行われていた。
さらにこの時期の教会では礼拝の一環として演奏会が行われる。4月10日にはペーター教会でChoriambsという合唱団がバッハやメンデルスゾーン、ブルックナーの曲をア・カペラで歌っていた。私は最後の2曲(ブルックナーのミサ曲とバッハの《マタイ受難曲》のコラール)しか聴けなかったが、演奏のレベルは非常に高く今でも印象に残っている。また今年は4月14日が聖金曜日だったが、この日はシュテファン聖堂の夕方の礼拝でシュッツの《ヨハネ受難曲》の演奏が行われていた。
そしてこの期間で特に印象深かったのが聖木曜日(13日)のペーター教会での演奏会である。この日は10日の時と同じ合唱団がビクトリアの《聖週間の聖務曲集》を演奏していた。私は藝大で中世やルネサンスの音楽を演奏するサークルに所属していて、この曲は(抜粋だったが)自分も去年の藝祭公演で歌ったことがあるので、聴いていてとても懐かしかった。今回は合唱5人に器楽4人(ツィンク1本とドゥルツィアン3本)という小さなアンサンブルで、ルネサンスポリフォニーの魅力を十分に楽しめる演奏だった。特にツィンクとドゥルツィアンの独特な音色が響きを豊かにしていたと思う。教会の礼拝堂なので残響が気になったが、コンサートホールで演奏したらどんなに美しく響いただろうか。

そして教会以外の場所でも、イースターやその前後の時期には聖週間と関係のある音楽が上演される。
聖週間の1週間前の4月3日には楽友協会で、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルがミンコフスキの指揮でバッハの《ヨハネ受難曲》を演奏していた。ミンコフスキは去年の10月にもウィーンに来て、シュターツオーパーでグルックやヘンデルのオペラを指揮していたが、その時は普段のシュターツオーパーよりも良い演奏だったのを覚えている。そして今回のバッハは、今までに聴いたことのない響きで、初めは戸惑ったが非常に新鮮な印象を受けた。
バッハの《ヨハネ受難曲》には4つの稿がありこの演奏はおそらく第1稿を基本としていたが、第4稿で初めて用いられたコントラファゴットが通奏低音に加えられたり第1部の終わりで第2稿にのみ登場するアリアが挿入されたりと、この曲の魅力をうまく引き出していた。また合唱曲は8人のソリストにより歌われていたが(エヴァンゲリストとイエス役の歌い手もそれぞれ合唱に加わっていた)、それが上手くいっている部分とそうでない部分があったと思う。中でもコラールは所々で音程が不安定だったが全体的にはまとまっていて、ソリストの声の良さも生かされていた。また終曲のコラールは、最初はオルガンのみの伴奏だったのが次第に他の楽器が加わり、最後はTuttiになりフォルテで終わるという面白い演奏だった。

そしてウィーンでイースターの時期にちなんだ演奏会といえば、シュターツオーパーの公演が代表的である。ここでは毎年3月末から4月半ばにヴァーグナーの《パルジファル》が上演され、今年は3月30日~4月16日に計6回行われた。
今回はアルヴィス・ヘルマニスによる新奇な演出で、「パルジファル療法」の物語という設定であった。第1幕の第1場と第2場は本来森の中の場面だが、今回の演出では研究室か病院のような舞台で、しかも老騎士グルネマンツが白衣姿で現れたのには驚いた。また第2幕の舞台は魔術師クリングゾルの城だがそれが手術室のような場所になっていた。
演出家へのインタビューによれば、この2人は病んだ騎士団をパルジファルの手で治癒できると信じている医師として描かれていたそうだ。さらに舞台上には白い脳みそが置かれていたのが印象的だった。まず第1幕第3場で初めて現れる聖杯は白く輝く脳みそであり、第2幕と第3幕では巨大な脳が舞台上に置いてあった。しかも第2幕ではそこに聖槍が刺さっており、幕の最後にパルジファルがそれを引き抜くという演出だった。オペラ演出の研究をしている友人によれば、この脳は意識(Bewusstsein)を象徴しているらしい。パルジファルが旅をすることでそれが徐々に大きくなり、その結果社会を良い方向に導くことができる、という物語として描かれていたのだという。

イースター休暇には教会やコンサートホール、歌劇場で聖週間にちなんだ音楽を楽しむことができたが、中でも今年は新奇な演奏や演出による演奏会に出会えたのが特に大きな収穫だったと思う。

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佐野旭司 (Akitsugu  Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在東京藝術大学専門研究員およびオーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中。