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ヴェロニカ・エーベルレ|大河内文恵

ヴェロニカ・エーベルレ

2019年3月27日 トッパンホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)

<曲目>
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番 ロ短調 BWV1002
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 Op.27-2

~休憩~

ニコラ・マッテイス:《ヴァイオリンのためのエア集》第2巻より 〈ファンタジア〉イ短調
[ビーバー:《ロザリオのソナタ》より第16曲〈パッサカリア〉]
ブーレーズ:アンセム I
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004

~アンコール~
ニコラ・マッテイス:《ヴァイオリンのためのエア集》第2巻より 〈ファンタジア〉イ短調

 

16歳でサイモン・ラトルに見いだされ、ベルリン・フィルとの共演でデビューしたエーベルレは、2012年に室内楽で、2017年には(無伴奏ではない)リサイタルという形でトッパンホールの舞台に立っている。

開演直前のアナウンスにどよめきがおこった。演奏者本人の強い希望により、ビーバーの『パッサカリア』は演奏しないという。演奏時間を考慮したためとのことだが、今回のプログラミングの核にもなりうる曲だっただけに、割り切れない思いが残った。

今回のプログラムは、彼女には少々荷が重かったのではないかというのが最後まで聴き終えての正直な感想である。たしかに、イザイやブーレーズでは彼女のもつ音色の輝かしさや持ち前のテクニックが冴えわたった。

イザイのソナタの第1楽章では、右手の高度なボーイング・テクニックが否応なく感じられる、細かいパッセージの音の歯切れのよさが際立っていたし、各楽章にあらわれる「怒りの日(ディーエス・イーレ)」の旋律の歌わせ方が秀逸だった。さすが、ここぞという箇所を万全の状態で演奏することに長けている。

後半はニコラ・マッテイスの《ヴァイオリンのためのエア集》第2巻の中の『ファンタジア』。この第2集の中にはファンタジアが3曲収められており、その中でイ短調のものは1曲のみだったので、それが演奏されるものと思っていたが、実際に演奏されたのは楽譜上ではヘ長調の曲であった。イ短調のほうであれば、ビーバーのパッサカリアと同じく、バロック・ヴァイオリンのレパートリーとしてよく取り上げられるもので、エーベルレがそれをどう弾くのか楽しみにしていたのだが、聴けなかったのは残念。

実際に演奏された『ファンタジア イ短調』は、細かい音符で分散和音がずっと続く、技巧的な曲で、この素早い分散和音の音程もボーイングも的確で、彼女の技量の高さを雄弁に物語っていた。

『ファンタジア』が終わるとそのままブーレーズを弾き始めた。いきなり無調の世界に突入するものの、意外なほど違和感がない。そうか、これがやりたいがために『パッサカリア』を弾かないことにしたのかと、この時点では納得がいった。ほぼ一音ごとと言ってもよいくらい細かく強弱記号が指定されており、楽譜をみた瞬間、これを本当に再現できるのか?と不安になるほどであるが、エーベルレはトリルを弾きながらの旋律や重音、速いピツィカートなど隅々まで凝らされた技巧をいともたやすい様子で弾きこなしていく。

プログラムの最初と最後はバッハの無伴奏パルティータの1番と2番。いずれも無伴奏ヴァイオリンの演奏会なら必ずといってもいいほど組み込まれるベーシックなレパートリーである。初めて無伴奏のリサイタルをやるのなら、これをプログラムにいれようと誰もが考えるであろう。しかし、第1番はともかく、第2番は彼女の手にはいっぱいいっぱいであるように見受けられた。どこかに瑕疵があったというわけではないし、実際、テクニック的には充分な出来であったのだろうが、聴いていて心が動かないのだ。

演奏中、リズムをとるために足を踏み鳴らす癖がエーベルレにはあるが、その足音がかなり大きく、それが長いフレーズを分断してしまっている場面がしばしば見受けられた。靴の素材なり、床なりに何か工夫が必要だったのではないだろうか。

チラシの裏面でプログラミング・ディレクターの西巻氏が「キャリアの偏り」と書いているが、それが理想的でない形で出てしまったような気がする。意地の悪い言い方をすると、ビーバーの『パッサカリア』を時間の都合や演奏順の問題で弾かないのであれば、アンコールで弾くという選択肢もあったはずなのに、アンコールでは『ファンタジア』をもう一度弾いたというのも、何らかの関係があるのかと勘ぐってみたくなる。

彼女の音色の輝かしさや、ぐいぐい音楽を引っ張っていく推進力は、コンチェルトのソリストとしてかなりの美点であろう。これだけの才能を持ち合わせているのだから、充分な準備がなされれば、決して無理なプログラムではなかったはずだ。彼女自身が自信をもって弾けるようになったとき、もう一度同じプログラムで聴いてみたいと思う。

(2019/4/15)