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注目の一枚|山本裕之作品集「輪郭主義」|丘山万里子

山本裕之作品集「輪郭主義」

text by 丘山万里子(Mariko Okayama)

ALM RECORDS
ALCD-121 税抜価格2,800円
2019/05/07発売
JAN 4530835 112488

<曲目・演奏>
[1] 輪郭主義Ⅰ チューバとピアノのための (2010)
  橋本晋哉(チューバ)、藤田朗子(ピアノ)
[2] 輪郭主義Ⅱ 事前録音されたヴィブラフォンとピアノのための (2010/18)
  加藤訓子(ヴィブラフォン)、中村和枝(ピアノ)
[3] 輪郭主義・ミニ ヴァイオリンとピアノのための (2012)
  佐藤まどか(ヴァイオリン)、及川夕美(ピアノ)
[4] 輪郭主義Ⅲ トロンボーンとピアノのための (2012)
  村田厚生(トロンボーン)、中村和枝(ピアノ)
[5] 輪郭主義Ⅳ フルート、ヴァイオリンとピアノのための (2013)
  多久潤一朗(フルート)、佐藤まどか(ヴァイオリン)、及川夕美(ピアノ)
[6] 輪郭主義Ⅴ フルートとピアノのための (2014)
  ジョヴァンニ・マレッジーニ(フルート)、内本久美(ピアノ)
[7] 輪郭主義Ⅵ ピアノトリオのための (2014)
  佐藤まどか(ヴァイオリン)、松本卓以(チェロ)、及川夕美(ピアノ)
[8] 輪郭主義Ⅶ クラリネット、バス・クラリネットとピアノのための (2018)
  原田綾子(クラリネット)、鈴木生子(バス・クラリネット)、及川夕美(ピアノ)

<録音>
三鷹市芸術文化センター 2018年11月13-15日

輪郭主義とは、ライナーノーツの山本の言葉によると「四分音の“ぶつかり”が紡ぎ出す、輪郭の歪み」の追求、だそうだ。ある楽器がピアノに四分音の音程でぶつかるとピアノが「歪んで」聞こえる。2007年にこのことに気づいた彼は自身が重視する作曲上の概念「音の曖昧性」の、特にピッチを扱う上での一つの方策として様々な試みを続けるのだが、それが本作「輪郭主義」シリーズである。つまり「歪み」現象をいかに音楽に応用するか、その研究過程の軌跡。
くらいのことを読み取って、聴き始める。

全8曲は2010〜18年の作曲順に並んでおり、ピアノにぶつかる楽器も色々、長さも2分くらいから11分くらいまで色々。だから非常に聴きやすい。
筆者は先日低音デュオ(4/24@杉並公会堂小/松平敬&橋本晋哉)を聴いたばかり、第1曲はそのステージを想起、二人の奏者が眼に見えるようで、それに昨年の「claviārea14」(2018/8/4)でのトイピアノの音色も浮かんできて、透明セルロイドに描かれた2枚のデザイン画を微妙にずらして眺めてゆくような、その線と色調の変化、それらが動いてゆく速度、揺れぐあい、チューバのとぼけた味わいとピアノのドライな響きの織りなす摩訶不思議な手触りの景色を実に楽しんだ。この座り心地の悪さ、感覚に揺さぶりをかけ続け、なのに不快感のない、これはなんだ? 聴き手は常に腰浮かせつつ音と一緒に移動を迫られる感じ。
第2曲はヴィブラフォンなので、音色的に違和感がない分、全体が歪みの帯みたいになり、茫洋として筆者のように怠慢な耳には、9分近くなるとやや長すぎ。
第3曲はヴァイオリンゆえキイキイ極細ラインのまとわりつきが目視でき、ピアノの失踪ぶり(疾走でない)もまた良いアクセントであっという間の2分半。
トロンボーンとの第4曲はダイナミックだ。トロンボーンの野太い響きとピアノのカンカン高音連打の入り乱れ、ジグザグ歩行には足を踏み外しそうな覚束ない登山気分があり(上行下降音形のせいだろう)、最後のホーンのひと吹きにふうっと山伏の法螺貝を聴いてしまったのである。ホーンは声も発していたし。
第5曲、フルートとヴァイオリンのロングトーン、その減衰の生む和風味に鹿おどしみたいにピアノの打音が落ち、とか、並走したり、とか色々。ピアノがハスキーヴォイスに聴こえるのがなんとも魅力的。
フルートとピアノの第6曲、階段の上下音形に挟まれるピアノのコロコロ走句や同音連打のスケルツォ風楽曲だが、筆者はある種の同質感をこの組み合わせには持ってしまい、第2曲同様、長かった7分半。
第7曲はピアノトリオ。ピアノの和音連打に弦が入るとなんともいびつに景色が歪むのがかなりのインパクト、ピーポピーポとサイレンが聴こえたり、和音連打が警鐘のごとく鳴ったり、歪んだ部屋の扉を次々に開け、あちこち手をつきよろめき進むスリル満点の作品。M・デュシャンの『遺作』(扉に穴があってそこから覗くと絵が見える仕掛け)を思ったのだけど、デュシャンのは扉は一つ、こちらはどんどん現れてしかもいびつな世界に誘い込まれるので10分半ほどの不可思議小旅行を楽しめ、本作の中では筆者的イチオシ。先日、ミュンヘン国際コンクール優勝の葵トリオを聴いたのだが、こういう作品をアンコールにやってくれたらどんなにカッコイイか。日本は武満、細川、藤倉ばかりじゃないんだぜ。
第8曲はこのCDのための新作とか。これまでのリサーチの総集編であろうか。クラリネットとバス・クラがピアノにぶつかるのだが、歪み具合がいまいちに思えたのは前曲ですっかり楽しくなってしまったせいだろう。

さて、各曲解説をちゃんと読んでみる。そういうことだったのか、と構造理解などするわけだが、まずは手ぶらで、次に作者の言葉を頭に入れて、という順の聴取を筆者は勧める。CDは繰り返し聴けるのだから。

本シリーズを聴いて浮かんだのは万有引力。
すべての物質に引力があり互いに引っ張り合っている、というそれで、歪み、とかずれはその引っ張り合い、つまり物質(無論人も)は輪郭、すなわち内外を隔てる境界線を必ず持つが、常に働く互いの引力(関係性)により実はもやもやもあもあ微細に揺れているんだ(前述、定まることなき腰浮き移動感覚)、とぐるりあたりを見回す、この新鮮!
音にそれを知る、その新鮮!
「現代の作曲家ならば誰でも興味を持ち重視するであろう音の現象や知覚」の一文に、いまどき作曲家ってそうなのか、と思いつつ「音の現象と知覚」の探求は、とどのつまり、世界とは何であるか、に他ならず、それを私たちに様々ひらいてくれるのだな、と思ったのであった。

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(2019/5/15)