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注目の一枚|ヴィキングル・オラフソン『ドビュッシー・ラモー』|能登原由美

ヴィキングル・オラフソン『ドビュッシー・ラモー』
Víkingur Ólafsson : Debussy・Rameau

Text by 能登原由美(Yumi Notohara)

レーベル/商品番号:Deutsche Grammophon 483 7701

〈演奏〉
ピアノ|ヴィキングル・オラフソン

〈曲目〉
クロード・ドビュッシー
 1.《選ばれし乙女》より〈前奏曲〉(ピアノ版)
ジャン=フィリップ・ラモー
 『クラヴサン曲集 組曲ホ短調』より
 2.鳥のさえずり
 3.リゴードンI, II とドゥーブル
 4.ロンドー形式のミュゼット
 5.タンブラン
 6.村娘
 7.ロンドー形式のジグI, II
ドビュッシー
 『版画』より
 8.第3曲〈雨の庭〉
 『子供の領分』より
 9.第3曲〈人形へのセレナード〉
 10.第4曲〈雪は踊る〉
ラモー
 『クラヴサン曲集 組曲ニ長調』より
 11.優しい嘆き
 12.つむじ風
 13.ミューズたちの語らい
ドビュッシー
 14.『前奏曲集 第1巻』より 第6曲〈雪の上の歩み〉
ラモー
 『クラヴサン曲集 組曲ニ長調』より
 15.喜び
 16.一ツ目の巨人
ラモー/オラフソン編
 17.芸術と時間(ラモーのオペラ《ボレアド》第4幕 第4場より)
ドビュッシー
 18.『前奏曲集 第1巻』より 第8曲〈亜麻色の髪の乙女〉
 19.『前奏曲集 第2巻』より 第8曲〈オンディーヌ〉
ラモー
 『コンセール用クラヴサン曲集』
 20. キュピ(第5番より)
 21.軽はずみなおしゃべり(第4番より)
 22.ラモー(第4番より)
 『新クラヴサン組曲』より
 23.めんどり
 24.エンハーモニック
 25.メヌエットI, II
 26.未開人
 27.エジプト風
ドビュッシー
 28.『映像 第1巻』より 第2曲〈ラモー讃歌〉

クラシック音楽の世界においても、ネット動画が主要メディアとしての地位を確立しつつある。つまり、インターネットに繋がる環境と画面さえあれば、時と場所を選ばず世界中の大小様々な演奏を「見る」ことができるようになったのだ。もちろん、これまでもテレビやDVDなど、音楽を映像とともに楽しむツールはあった。が、コロナ・ウィルスによってあらゆる演奏会が中止を余儀なくされ、多くの奏者が動画を配信する状況下では、むしろ映像による視聴の方が一般化しつつある。そうした中、このアルバムは聴覚芸術としての音楽の側面を改めて思い起こさせるものであった。

ヨーロッパ大陸からはるか北に位置する島国、アイスランドの生まれで、今なお故郷を拠点に活躍するヴィキングル・オラフソン。無名だった彼の名前を一躍有名にしたのはフィリップ・グラスの作品を集めたアルバムだが、続いて2018年にリリースされたバッハの2枚組の鍵盤作品集は欧米で高い評価を受け、一気に若手屈指のピアニストの座にその名を押し上げた。

『ドビュッシー・ラモー』と題するこの新譜は、文字通り、フランスの2人の作曲家、ドビュッシーとラモーの作品を集めたもの。2世紀近くの時代を隔ててはいるものの、オラフソンは2人の間に「革新性」と「共感覚的性向」という共通点を見いだす(オラフソン自身によるライナー・ノーツより)。

実は、それらの要素はそのままオラフソン自身の音楽にも当てはまるものだ。何より、このアルバム自体がそのことを示している。つまり、一見ランダムに見える選曲や配列は調性関係(同じ調や同主調、あるいは近親調)によって結ばれており、ラモーの舞台作品からの抜粋を自ら編曲した〈芸術と時間〉を小休止としながら、全体で一つの世界を構築している。しかも、その独特な「編纂」の指標となっているのは、曲集やジャンル、形式やテーマといった既存の枠組みではなく、あくまでオラフソン自身の感性。その独自のスタイルは演奏そのものにも現れており、時代や様式に囚われることなく自らの声音と語り口で音楽を紡いでいく。伝統的な作品第一主義や原典主義といった姿勢は、ここにはほとんど感じられないのである。むしろ、先のバッハ作品集でも様々な編曲版に焦点を当てたように(とりわけ2枚目は「バッハ・リワークス」と題して現代のクリエーターによる編曲ばかりを収録)、オラフソンは作曲家の意図を読み解き再現していくことだけに甘んじるのではなく、異なる角度から光をあてることで作品を「再創造する」役割を、奏者としての自らに課しているようだ。

一方、このアルバムの軸となっているのは、まさに2つ目の共通点として挙げられた「共感覚的性向」だ。オラフソンは標題が喚起するイメージについてもノーツの中で触れているが、それを読むまでもなく、あるいは各タイトルを確認するまでもなく、彼の奏でる音楽は様々な情景を呼び起こす。そもそも、その音の一粒一粒に固有の色を持たせ、それらを連ねる時には明確な形を浮かび上がらせる。まるで画家のようだ。その筆さばきは直観的で豪快というよりもむしろ、細密画を描くように細部にわたって写実的。ただし、対象は常に現実の事物というわけではなく、時には心象や印象といった心の風景も表していく。

実は、このラモーとドビュッシーの組み合わせは、すでに昨年末の来日公演のプログラムで披露されていた。筆者が聴いた大阪公演(2019年12月7日)では、メインこそムソルグスキーの《展覧会の絵》であったが、前半には本盤同様ラモーとドビュッシーの異種取り合わせが置かれていた。この部分は全体で一つのユニットを構成しており、ゆえに拍手は最後まで遠慮してほしい、と冒頭で自ら客席に呼びかけたが、実際、1時間余りにわたって20曲近くを間断なく一気に弾ききったその様には言葉を失った。そればかりか、後半は冒頭にドビュッシーの《ヒースの茂る荒れ地》(『前奏曲集 第2巻』より)を置いたが、これは続けて弾いた《展覧会の絵》の冒頭モチーフとの類似性(ペンタトニックをベースにした音型)を考えてのことだったと思われる。独自の演目構成と演奏スタイルで音と造形を見事に共振させていく姿に、それまでの奏者とは明らかに異なる気質を感じたのである。

このアルバムはまさに、その時の感動を呼び覚ます。ただし、演奏会とは異なりここには視覚的な情報はほとんどない(唯一、ジャケットの表紙はまさにアルバムの趣旨を示唆する)。あくまで耳から入る音、それに標題など若干の言葉だけが聴き手に与えられるものだ。だが、それらは私の内部に入るとあらゆる感覚を刺激し、様々な景色をどんどん描き始める。まさに、音によって生み出される絵画、映像なのである。今後、動画による音楽視聴は日常的なものになるだろう。だが、こうした音楽ならではの側面を追求、あるいは「再創造」できる奏者がいる限り、レコードやCDといった聴覚的媒体も、決してなくなることはないだろう。

(2020/5/15)

〈players〉
Víkingur Ólafsson (Piano)

〈pieces〉
Claude Debussy
1. La Damoiselle élue: Prélude
Jean-Philippe Rameau
 Pièces de clavecin (1724)
2. Le Rappel des oiseaux
3. Rigaudons I, II & double
4. Musette en rondeau
5. Tambourin
6. La Villageoise
7. Gigues en rondeau I & II
Debussy
8. Estampes : 3. Jardins sous la pluie
 Children’s Corner
9. 3. Serenade for the Doll
10. 4. The Snow is Dancing
Rameau
 Pièces de clavecin (1724)
11. Les Tendres Plaintes
12. Les Tourbillons
13. L’Entretien des Muses
Debussy
14. Préludes, Book 1 : 6. Des pas sur la neige
Rameau
 Pièces de Clavecin (1724)
15. La Joyeuse
16. Les Cyclopes
Rameau/Vikingur Ólafsson
17. The Arts and the Hours
 After “Entrée pour les Muses, les Zephyres,
  les Saisons, les Heures et les Arts“ from Les Boréades, Act IV, Scene IV
Debussy
18. Préludes, Book 1 : 8. La Fille aux cheveux de lin
19. Préludes, Book 2 : 8. Ondine
Rameau
 Pièces de clavecin en concerts (1741)
20. Cinquièm concert (Fifth Concert) : La Cupis
  Quatrième concert (Fourth Concert):
21. L‘Indiscrète
22. La Rameau
 Nouvelles Suites de Pièces de Clavecin (1726/27)
23. La Poule
24. L’Enharmonique
25. Menuets I & II
26. Les Sauvages
27. L’Égyptienne

Debussy
28. Images, Book 1 : 2. Hommage à Rameau