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PickUp (2021/2/15)|東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ(セミ・ステージ形式)『サムソンとデリラ』 |大河内文恵

東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ(セミ・ステージ形式)サン=サーンス『サムソンとデリラ』
Samson et Dalila

2021年1月6日 Bunkamuraオーチャードホール
2021/1/6 Bunkamura Orchard Hall

Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供:東京二期会 撮影:1月5日(ゲネプロ)

<演奏>        →foreign language
デリラ:池田香織 (5日:板波利加)
サムソン:福井敬 (5日:樋口達哉)
ダゴンの大司祭:小森輝彦 (5日:門間信樹)
アビメレク:ジョン・ハオ (5日:後藤春馬)
老ヘブライ人:妻屋秀和 (5日:狩野賢一)
ペリシテ人の使者:伊藤潤 (5日:加茂下稔)
第1のペリシテ人:市川浩平 (5日:湯原行正)
第2のペリシテ人:高崎梢平 (5日:水島正樹)

指揮:マキシム・パシカル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団

 

2020年4月25日(土)、26日(日)に予定されていた公演が緊急事態宣言のため延期され、ようやく実現した。年末からの感染者数増加で危ぶまれたが、5日・6日ともにおこなわれた。キャストに変更はなかったものの、指揮者は準・メルクル→ジェレミー・ローレルと変更され、最終的には読響のために来日していたマキシム・パスカルが振った。

サン=サーンスのこのオペラはメトロポリタン歌劇場をはじめ、世界各地で上演されている人気演目であるが、日本ではほとんど上演されない。この貴重な機会を、中止ではなく延期として実現させた関係各者の熱意に感謝したい。

一般に日本では、カルメンを除いてフランス・オペラが上演される機会は極めて少ない。継続して上演しているのは、東京芸術劇場のコンサートオペラシリーズくらいだろうか。フランス・オペラが上演しにくいのは、日本でのオペラ教育がイタリア・オペラを中心におこなわれてきたことと無縁ではないだろう。
ヴァーグナー人気もあって、ドイツ・オペラは演目に偏りはあるものの上演が多くなっているが、それ以外の言語(英語、ロシア語も含めて)は非常に少ない。聴き手のほうに馴染みがなかったと言えばそれまでだが、ネット上で他の国で上演されているオペラも見られるこの時代、そこのみに根拠を見い出そうとするのは、些か雑な議論と見做されても仕方なかろう。

ブフォン論争を持ち出すまでもなく、フランス語を音楽にのせるのは難しい。イタリア式の発声が沁み込んでいる歌い手であればあるほど、フランス語で歌っているはずなのに、イタリア語に聞こえてしまうのは、構造的に理路が通っている。とはいえ、旋律のみに頼っていては成立しない古楽系の歌手たちのなかには、「言葉」を重視することが求められるが故に、本格的にディクションを学び活躍の場を広げている者も少なくなく、世界的にみればむしろそちらのほうが主流になりつつあるということも考え合わせると、言葉の問題を理由に狭い殻の中に閉じ籠る時期はとうに過ぎているといえる。

今回に限っていえば、全体的な印象としてはちゃんとフランス・オペラになっていたように筆者には聴こえた。パスカル指揮によるオーケストラは最初の1音から正真正銘のフランス音楽を奏でていた。さすがはピット慣れしている東フィルだけあって、オーケストラ曲としてではなく、ピットから流れてくるような細かなニュアンスを耳で聴きとりつつ、目でも楽しむことができ、セミ・ステージ形式であることがプラスに働いたように思う。

残念ながらフランス語で歌っているように聞こえることはほとんどなかったが、それでもフランス・オペラを見ている感覚になれたのは、オーケストラのお蔭であろう。というより、日本でフランス・オペラをやるのなら、この手を使えばもっと上演機会を増やすことが可能なのではないかと一筋の光明を見た気がした。

そうなったら、グノーやマスネ、マイヤベーア、トマといったフランス・オペラ王道の作曲家の作品を日本でもっと見ることができるようになるだろうし、プーランクの『カルメル会修道女の対話』といった20世紀のフランス・オペラも見られるかもしれない。

もちろん、さまざまな言語に対応できる体制を作ることは長期的に必須であるが、思わぬ方向に解決の糸口があると示したのが今回の公演の最大の収穫であると筆者はみる。コロナ禍で演奏会を開催できる機会が減り、海外からの招聘のハードルが高くなって、レパートリーが縮小していくなか、逆転の発想でこの苦難を切り抜けることができれば、新たなフェーズが見えてくるのではないだろうか。

(2021/2/15)

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Conductor : Maxime Pascal

CAST
Dalila / Rika Itanami / Kaori Ikeda
Samson / Tatsuya Higuchi / Kei Fukui
Le Grand Prêtre de Dagon / Nobuki Momma / Teruhiko Komori
Abimélech / Kazuma Goto / Hao Zhong
Un vieillard Hébreu / Ken-ichi Kanou / Hidekazu Tsumaya
Un messager Philistin / Minoru Kamoshita /Jun Ito
Premier Philistin / Takamasa Sawahara / KOHEI Ichikawa
Deuxième Philistin / Masaki Mizushima / Shohei Takasaki

Chorus : Nikikai Chorus Group
Orchestra : Tokyo Philharmonic Orchestra