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Pick Up(19/4/15)|子供のためのワーグナー《さまよえるオランダ人》|藤堂 清

子供のためのワーグナー《さまよえるオランダ人》
(バイロイト音楽祭提携公演)

2019年3月21日 三井住友銀行 東館 ライジング・スクエア 1階 アース・ガーデン
text by 藤堂 清 (Kiyoshi Tohdoh)
Photo by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<曲目>
ワーグナー:歌劇《さまよえるオランダ人》 (抜粋)

<出演>
指揮:ダニエル・ガイス
オランダ人:友清 崇
ダーラント:斉木健詞
ゼンタ:田崎尚美
エリック:高橋淳
マリー:金子美香
舵手:菅野敦

管弦楽:東京春祭特別オーケストラ
音楽コーチ:ユリア・オクルアシビリ

監修:カタリーナ・ワーグナー
ダニエル・ウェーバー
ドロシア・ベッカー
編曲:マルコ・ズドラレク
演出:カタリーナ・ワーグナー
美術:Spring Festival in Tokyo
照明:ピーター・ユネス
衣装:Spring Festival in Tokyo
(オリジナル版<2016 / バイロイト>:イナ・クロンプハルト)
プロジェクト・マネジメント:マルクス・ラッチュ
芸術監督:カタリーナ・ワーグナー

東京・春・音楽祭(以下春祭)は今年で15回目の開催となる。ワーグナー・シリーズ、歌曲シリーズ、合唱の芸術シリーズといったように継続性のあるシリーズや、年ごとに異なるテーマで行われるマラソン・コンサートなど多彩なプログラムが組まれている。
そういった中の一つに、「東京春祭 for Kids」というシリーズがある。3歳児以上を対象としたプーランクの音楽物語《ぞうのババール》をここ4年ほど上演してきている。それに今年から新たに「子どものためのワーグナー」が加わることになった。これは、バイロイト音楽祭総監督カタリーナ・ワーグナーが2009年にバイロイトで始めた「子どものためのオペラ」を、同氏監修のもと東京で上演するもの。対象は小学生以上とその保護者。
その第1回目、この音楽祭のメインのプログラムの一つであるワーグナーの《さまよえるオランダ人》とあわせて演目が選ばれた。

オペラを若い世代に聴いてもらうようにしようという試みは世界各地で行われている。2004年には新国立劇場が「こどものためのオペラ劇場」《ジークフリートの冒険 指環を取りもどせ!》を、三澤洋史の編曲・指揮で上演した。好評を受け、《トゥーランドット》、《パルシファル》と続けたが、2011年が最後となっている。ウィーン国立歌劇場では新国立劇場の取り組みを参考に「子供たちのための魔笛」の上演を始め、現在も継続している。
少し年齢は上がるが高校生のためのオペラ鑑賞教室は、新国立劇場だけでなく、日生劇場でも行われてきている。

今回会場に選ばれたのは、三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階アース・ガーデンというところ。広さ13m×25m、高さ9mのロビー空間で、コンサートが開かれることもあるという。その長い辺の一方に舞台とオーケストラの演奏スペースを、その反対側に4段の観客席を設けた。段に座りきれない場合は床に座ってもよいとのことで、数百人の聴衆となっていただろう。
客席を見回した印象では、子供の年齢は小学校低学年が多かった。

今回の舞台は、2016年にバイロイト音楽祭で上演されたものを春祭向けにリメイクしたもの。
全曲演奏すれば2時間以上かかる《さまよえるオランダ人》 を、音楽の大切な部分を残し、またストーリーを分かりやすくし、1時間程度の縮小版としている。
主な変更点は、
1)音楽の流れで重要でない曲はカットし、必要であればその内容をセリフで伝える。
2)合唱部分は基本的にはカット。どうしても必要な場合は、ソリストの歌に変更。
3)音楽の構造に影響が及ばないように編曲し、圧縮。
4)オーケストラは、フルート以外の管楽器は二管、弦楽器は4×3×3×3×2の30人規模の小編成。

こういった子ども向けの上演ということであれば理解しやすいことが重要。このためセリフは日本語であったが、歌の部分は原語のまま。その点が、かれらにとってどうかと思われたのだが、多くの子どもたちは熱心に聴き入っていた。もちろん、飽きて親にもたれかかっている子もいたが、多くはなかった。
1時間という上演時間も、彼らの集中力を保つことができる長さとして適切なものであっただろう。
演出は、中央にゼンタの部屋があり、序曲は、彼女がテレビに映るオランダ船をみているという場面から始まる、下手側にはオランダ船(ボート)があり、その脇でダーラントや舵手が歌う。部屋より上手側にオーケストラが配置されている。
現在に近い時代設定。舞台と客席のあいだの距離がないので、小道具、大道具がよく見え、オペラに入り込みやすかったかもしれない。

親に連れられて聴きに来た子供たち、彼らがこういったイベントをきっかけにオペラに親しみを感じ、また見たい、聴きたいと思ってくれれば、成功だったといえるだろう。
来年を心待ちにする子どもたちが多ければよいなと思うし、今回の話を聞き、来年は見に行こうと考える人がいればさらによいだろう。

終演後、カタリーナに「子供たちが熱心に聴いていた」といったところ、自分もそれを強く感じたと嬉しそうであった。
原語上演と翻訳による上演、昔から議論されてきたことではあるが、カタリーナの「ワーグナーの音楽は歌詞と一体のもの」という信念、理解できるし、編曲がそれを支えていた。
まだ正式発表はできないのだろうが、彼女は来年のことを考えているようである。期待したい。

(2019/4/15)