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撮っておきの音楽家たち|キアラ・ムーティ|林喜代種

キアラ・ムーティ(演出家)

2018年9月5日 ローマ歌劇場来日会見・東京文化会館
2018年9月14日 「マノン・レスコー」Gp 神奈川県民ホール
photos & text by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

ローマ歌劇場の来日演目は『椿姫』と『マノン・レスコー』。共にヒロインは女性である。そして演出家も女性である。『椿姫』の演出はソフィア・コッポラであるが来日しなかった。『マノン・レスコー』の演出家はキアラ・ムーティ。指揮者リッカルド・ムーティは父親である。『マノン・レスコー』の演出では砂漠をライトモチーフに用いる。
「最後にはマノンは砂漠で死んでいくが、彼女自身が砂漠なのだと叫ぶ。自分の中に砂漠を閉じ込める事が運命だった。あの時代は多くの女性が自分の意志通りに生きることができない運命、悲劇的な人生を選んでしまった」と語る。あの時代とはマリ―・アントワネットやフランス革命の時代。日本のアニメ『ベルサイユのばら』に夢中になった。歴史的背景がとても重要で『マノン・レスコー』は18世紀末という時代設定にした。舞台装置、衣裳もその時代を表わして、観客をその世界に引き込む。重要なことです。」と演出意図を語っている。
「8歳くらいの時からいつも劇場に通っていた。家に帰っても歌ったり衣裳のデザインをしてみたりして、劇場が私の世界だった。劇場という世界での初めての仕事は女優でしたが、女優になってからもリハーサルをよく見に行った。父は女優の経験がきっと役に立つと言ってくれました。」
「オペラ演出は音楽を尊重することが第一といい、父は私が音楽を裏切らないと信頼してくれた」と述べている。
キアラ・ムーティはミラノ市立パオロ・グラッシィ演劇学校(前ピッコロテアトロ演劇学校・ジョルジョ・ストレーレルによって設立)で学んだ。演劇および映画女優としてのデビューは1995年モンテヴェルデの『オルフェオとエウリディーチェ』。
これを機に、女優として、また作品製作を手掛けることとなった。2012年ラヴェンナ・フェスティヴァルでヒンデミット作曲『聖スザンナ』(指揮リッカルド・ムーティ)でオペラ演出家としてデビュー。

(2018/10/15)