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五線紙のパンセ|人生の出会い 点と点のつながりによる軌跡 1. 東京|田中カレン

人生の出会い 点と点のつながりによる軌跡1. 東京
Encounters – Connecting the dots 1. Tokyo

Text & Photos by 田中カレン(Karen Tanaka)

新型コロナウイルスの猛威により生活が大きく変化し、閉塞感と不安を抱えながら過ごす日々が続いている。作曲は基本的に家でする仕事なので、巣ごもり生活は苦にはならないが、友人と会ったり演奏会を聴いたりという、日常の出来事の大切さを改めて感じている。

私は1986年に桐朋 (作曲科)を卒業してパリに留学し、現在はロサンゼルスに住んでいる。東京~パリ~ロサンゼルスで暮らす中で、様々な出会いがあり、それらは点と点として繋がり、後に新たな進路を生み出したり実を結んだりという経験を多々してきた。スティーブ・ジョブスがスタンフォード大学の卒業式で語った〈Connecting the dots〉である。将来をあらかじめ見据えて点と点を結ぶことはできないが、現在やっていることは、いずれどこかで繋がるかもしれない。

コロナの巣ごもり生活の中で、これまで経験した点と点がたどってきた軌跡を考察してみようと思う。それは作曲する上での思考や作風の変化にも無意識のうちに影響を与えてきたものだから。

母と

私が生まれた昭和36年は、日本の経済高度成長期、アメリカではケネディ大統領が就任し、ドイツではベルリンの壁が建設された。カレンという名前は戸籍の本名で、両親と叔母の夫(米国人)が考えたそうだ。叔母は、田中たつ江という戦前に活躍したピアニストで、音楽の道は厳しいということは家訓のように両親や祖父母から聞かされた。父は戦後ガリオア奨学金でスタンフォード大学へ留学し、帰国後は英文毎日の新聞記者をしていた。幼少の頃、玩具は少なかったが、父のタイプライターでよく遊んでいた記憶がある。ある日父が子供用のタイプライター (写真)を買ってくれて、4歳でピアノを習う以前からタイプライターに親しんでいたのだった。両親は趣味でオルガンを習っていて、毎週先生が家に来てくださり、当時2歳くらいだった私もレッスンを受けて楽譜の読み方を学んだ。家にはショパンのレコードや、エルヴィス・プレスリー、ビング・クロスビー、ティファナ・ブラスといったムード音楽のレコードもあった。

父と

10歳の頃、ヤマハ音楽教室が子供たちに作曲を教えるJOC (ジュニア・オリジナル・コンサート)を始動し、当時はまだ実験的だったクラスに加わることになった。毎週日曜に湯山昭先生のクラスに参加し、ブルグミュラーやソナチネの分析、ソルフェージュ、オーケストレーション等を学び、作曲した曲も毎週見ていただいた。〈三つ子の魂百まで〉という諺があるが、湯山クラスで学んだ楽曲分析方法やオーケストレーションは、その後音楽を勉強する上での貴重な土台となっている。同じ頃、叔母の夫が米国人だった関係で、ある日、在日米軍人用の新しいテレビが家に届いた。当時では珍しい英語放送対応で、ニュースや番組などを英語音声で見ることができ、子供心にとても面白く夢中になった。

子供用タイプライターで遊ぶ

青山学院中等部はキリスト教で毎朝礼拝があり、オルガン演奏を聴き賛美歌を歌った。選択授業ではオルガンを履修し、バッハの作品などを通して奏法の基礎を学んだ。30年の歳月を経て、カリフォルニア州サンタバーバラの教会のオルガニストを13年間勤めることになるのだが、〈昔取った杵柄〉ではないけれど、中学の選択授業で学んだオルガン奏法がとても役に立った。毎日歌った賛美歌からは、4声体の和声の基本だけでなく、西洋音楽の基礎とも言える教会音楽の響きと構造を学び、それは現在でも音を考える過程での、一つの指標となっている。

三善先生より頂戴したレッスンメモ

大学1年の時、三善晃先生と出会い、作曲の道に進むことを決心することになる。三善先生との出会いのきっかけとなったのは、意外にも、前衛音楽の旗手である松平頼暁先生であった。中学の頃、私は「和声や対位法を基礎から勉強したい…」と毎日のように両親に言い、困り果てた両親は、松平頼暁先生に電話で相談をしたのだった。先に書いたピアニストの叔母が、松平頼則先生の作品を戦前に初演していた関係で、私の父は息子さんの頼暁先生と面識があった。父と一緒に頼暁先生のお宅を訪れ、とても緊張したが、先生はリラックスして、ユーモアたっぷりで「北爪やよひさんをご紹介しましょう」と快くおっしゃってくださった。

北爪先生に和声のレッスンを受け、しばらくして先生のご結婚とともに、今度は北爪先生から内田勝人先生へ紹介された。内田クラスには芸大作曲科受験生が大勢いて、まさにスパルタ式グループ・レッスン。当時私は特に音大受験を考えていなかったこともあり、「君は三善さんのところへ行きなさい」と三善先生へ紹介されたのだった。

桐朋卒業に際して三善先生より頂戴した時計

1980年12月、三善晃先生の阿佐ヶ谷のご自宅へ母と一緒にうかがった。当時、私は青山学院大学フランス文学科の1年生で、先生は憧れの作曲家であった。エレガントで柔和な語り、お洒落で粋な黒のタートルネックのお姿も素敵で、すっかり魅了されてしまった。自作曲を聴いていただいた後、先生はシャランの和声課題をピアノで弾いて下さり、その時の先生のピアノの音の美しかったこと! 「桐朋へいらっしゃい」とおっしゃって下さり、私は青山学院を中退して桐朋学園へ行くことになった。この日の先生との出会いが、人生の進路を決定したのだった。三善先生に学んだ受験前から桐朋での4年間は、今から振り返ると、人生で一番幸福な時間だったと思う。レッスンでは音楽、そして生きることの意味といった深い領域まで丁寧にご指導いただき、先生の教えは今でも心の奥深くで生き続けている。

大学3年の時に作曲した〈プリズム〉というオーケストラ曲が、1986年春にハンガリーで開催されたISCM音楽祭に入選した。審査員は、ヘルムット・ラッヘンマン、トリスタン・ミュライユ他。ミュライユとは、このご縁で、桐朋卒業後パリで師事することになる。音楽祭に参加するため、3月の卒業式の翌日ハンガリーのプダペストへ渡航し、初めての海外旅行を経験した。ハンガリーがまだ共産圏だった時代。当時は(日本の)女性作曲家のオーケストラ作品はまだ珍しかった。後で知ったのだが、イギリスの出版社Chester Musicの広報の女性が演奏会を聴いていて、私の曲を気に入ったらしい。数ヶ月後、日本の実家にChester Musicの日本の代理店から電話があり、「ロンドンの本社が貴方と出版契約をしたいと言っている…」という内容だった。突然の電話で半信半疑だったが、ロンドンの本社から送られてきた荷物の中に1通の手紙が入っていて、この作曲家と契約をしたいので探して欲しい、という依頼だったそうだ。同年秋パリに留学し、1987年春にフランスからイギリス海峡をフェリーで渡り、ロンドンへ行きChester Musicと作品の出版契約を結んだ。ハンガリーで曲を聴いてくださった女性の旦那さんは、後にBBCのクラシック部門のディレクターに就任、Chesterで長年お世話になった方は、後にショット出版アメリカの副社長となり、そのご縁で現在はショット社からも曲を出版していただいている。

こうして、パリ留学が始まることになった。(つづく)

(2020/10/15)

【活動情報】
★「愛は風にのって」
~三善晃先生の思い出に~ (こどものためのピアノ小品集)
出版:音楽之友社
定価:1,700円+税
ISBN978-4-276-45612-9
https://www.amazon.co.jp/dp/4276456126/

***作曲の師匠、三善晃先生への敬愛と懐かしい思い出を音に綴った、日記のような音のアルバム。

★CD「田中カレン:愛は風にのって」/仲道祐子(ピアノ)

品番:OVCT-00175
定価:2,500円+税
発売元:オクタヴィア・レコード
https://www.amazon.co.jp/dp/B0842KWYHD/

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田中カレン(Karen Tanaka)
東京都港区生まれ。幼少よりピアノと作曲をはじめ、作曲を湯山昭に師事。青山学院大学フランス文学科中退後、桐朋学園大学で作曲を三善晃に師事。1986年、フランス政府給費留学生としてパリに留学、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)研究員となる。作曲をトリスタン・ミュライユに師事。1987年ガウデアムス国際音楽週間にてガウデアムス作曲賞第1位。1990 – 91年、文化庁海外派遣研修員、ナディア・ブーランジェ奨学生としてフィレンツェで研修、作曲をルチアーノ・ベリオに師事。1996年タングルウッド夏期講習にてマーガレット・リー・クロフト・フェロー。1998年八ヶ岳音楽祭の音楽監督。2005年別宮賞受賞。これまでにISCM(国際現代音楽協会)音楽祭入選9回。

エレクトロニクスを用いた透明感と色彩感のある作風で注目を集め、作品は世界各国で演奏されている。BBC交響楽団、NHK交響楽団、英国アーツ・カウンシル、カナダ・カウンシル、米国芸術基金 (NEA)、ラジオ・フランスをはじめ、国内外の主要オーケストラ、音楽財団、音楽祭等からの委嘱も多い

映画やアニメーションの音楽も作曲。2012年、サンダンス・インスティテュート映画音楽プログラムのフェローに選ばれ、2016年にはBBCのTVシリーズ「Planet Earth II」(プラネットアースII) のオーケストレーションを担当。2020年には音楽を担当した短編アニメーション「Sister」が第92回アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされた。

主な作品はロンドンのChester Music (Wise Music Group)、ニューヨークのSchott Music (PSNY)、スイスのEditions Bim、イギリスのABRSM、ピアノ作品はカワイ出版、音楽之友社より出版されている。カリフォルニア芸術大学教授。ロサンゼルス在住。