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カリフォルニアの空の下|オンライン教育と子どもたち|須藤英子

オンライン教育と子どもたち
Online Education and Children

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

◆長期化するロサンゼルスの在宅学習
子どもたちの在宅学習が始まって、7ヶ月が経つ。春の一斉リモート化の後、長い夏休みを経て、秋からの新年度もオンラインで始まった。最近の感染率の低下により、対面学習再開の希望が僅かに見えてはきたものの、実現の目途はなかなか立たない。場合によっては、このまま一年間在宅学習の可能性があることも、覚悟せざるを得ない状態が続いている。

この状況下では、学校に行けないのは仕方のないことであり、それでもこうしてオンラインで学習を続けられるのは有難いことだ…。そんな思いはありつつも、やはり在宅学習はなかなか厳しい。チャイルドケア施設が激減する中、保護者には子どもの学習サポートが重くのしかかる。また何より、子どもたちの意欲の低下や情緒の乱れが心配だ。パソコンやWiFi等ハード面の整備は行き届いたものの、特に低所得層の多い学校では、授業に出席さえしない生徒が目立つという。

そのような中、学校側は常に前向きにこの未曽有の事態に立ち向かっている。全生徒がリモート学習を続ける上で次々と生じる問題に対し、オンライン上での保護者アンケートやミーティングを繰り返しながら、一つ一つ解を見出し実行に移していく。もちろん全てが完璧ではないものの、その着実な問題解決の過程からは学ぶことが多く、不安や困難を嘆いている場合ではないことに気付かされる日々だ。

◆オンライン学習の充実
新年度の学校の体制については、夏休み中に多くの議論が行われた末、対面学習が許可された場合に学習の一部を学校で行う“ブレンド型”と、許可が下りても一年間在宅学習を続ける“ディスタンス型”の二つの選択肢が、保護者に示された。ブレンド型では登校時の人数を制限するために、時間を分けて各16~17人ずつクラスが編成される。我が家の小学生は二人とも、友達との再会に願いをかけてブレンド型を選択し、午前中に登校するクラスに配置された。

残念ながらロサンゼルス郡の感染率が下がらず、結局新年度も全てオンラインで授業が始まったが、ブレンド型の小学生は、毎日クラスごとに担任のライブ授業を約2.5時間受け、それ以外は割り当てられたオンライン教材に1.5時間ほど取り組んでいる。ライブ授業では主に国語と算数、自習では理科や社会を学び、最近ではオプションとして体育や音楽の授業も始まった。ディスタンス型の小学生も、同じくオンラインの授業や教材を通して在宅学習を進めているようだ。

驚いたのは、オンライン学習全般の質の向上だ。春よりも格段に整備されたオンライン教材では、教科書の内容が映像等も含めて解説された後、バーチャルノート上で学習内容の定着が図られる。またオンライン授業では、画面分割による一斉学習とグループ学習の同時進行等、様々なテクニックが使われるようになった。校長や副校長、また学校カウンセラーによる授業見学もしばしば行われ、さらに学力の伸長度合を測る市の一斉テストも早速実施された。このまま洗練され続けていけば、学習内容に関してはオンラインでも充分成り立つような気までしてくるこの頃だ。

◆コミュニケーションの変化
一方で、オンライン学習における子どもたちのコミュニケーションの在り方には不安を覚える。友達や教師との自由なやりとりが、ほとんどないのだ。ライブ授業であっても、雑音を避けるため、生徒は教師の問いに答える以外は基本的には全員ミュートだ。文字を打つことができればチャットも可能だが、実際の会話には及ばない。コミュニケーションが制限されることで、子どもたちの情緒は不安定になる。

また、そのような環境下で長時間学習を続けることは、子どもたちには厳しい。特に低学年の子どもにとっては、何気ない会話や遊びのない学びは、酷だ。また高学年の子どもにとっても、タップ一つで切り替わる他ページへの誘惑に負けずに勉強し続けるのは、容易ではない。学校という公の場では自然に出来ていた学習への集中それ自体が、在宅学習ではまずハードルとなるのだ。習熟度が落ち、学習意欲が低下してしまうのも、当然のことかもしれない。

それでも子どもたちは、逞しい。新たな学習環境にも、皆少しずつ順応しつつある。授業が終わるたびに「疲れた疲れた」とゴロゴロしていた娘も、最近では体力が付いてきたようだ。またコミュニケーションに対する子どもたちなりの工夫も、目にするようになってきた。先日息子が参加したオンライン朝会でのこと、生徒は全員ミュートでチャットも禁止の中、話者の校長の声まで聞こえないというハプニングが起きた。その時子どもたちが取った行動は、なんと自分の表示名を「I can’t hear you」に換えて訴えるというもの。他に方法がない中、何とかして伝えようとするそのエネルギーには、脱帽した。

◆コロナ後の未来に向かって
コロナ禍により一気にオンライン化した生活を、既に半年以上過ごしてきた子どもたち。オンラインでの学習やコミュニケーションこそが、今や彼らの日常となっている。この状況が長引けば長引くほど、オンラインでの暮らしはますます進化していくだろう。その延長線上にはどんな未来が待っているのか、もはや想像もつかない。

そのような大きな視点で考えれば、意欲の低下や情緒の乱れに対する心配も、いずれは解消されていく変化の一過程に過ぎないのかもしれない。先日道路脇で目にした「Accept the Change」という看板が、心に沁みる。渦中にいると、つい不安や困難の方に目を向けがちになるが、全てを変化としてポジティブに受け入れていくことこそが、今最も必要なことなのだろう。

その点、毎朝オンタイムに子どもたちのパソコンから流れ始める担任の声は、力強い。早朝から深夜まで課題の投稿や添削を続け、授業中の不測の事態にもめげず、潔く前進し続ける彼女たち。時にコーヒー片手に、また家族やペットも登場させながら、この新しい日常をしなやかに積み重ねていくその姿には、日々励まされる。カリフォルニアの空のもと、今日もそんな教師たちの声が家中に響き渡る中、子どもたちのオンライン学習を支える私の日常である。

(2020/10/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学ぶ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。