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Now may we Syngyn 中世イギリスのキャロル|大河内文恵

Now may we Syngyn 中世イギリスのキャロル
Now may we Syngyn: Medieval British Carol

2019年12月5日 近江楽堂
2019/12/5 Oumi-Gakudo
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供:トルブール

<演奏>        →foreign language
中世/ルネサンス音楽ユニット TrouBour トルブール
 小坂理江(ハープ/歌)
 櫻井元希(歌)
 浅井愛(リコーダー)
 上田華央(フィドル)
 立岩潤三(パーカッション)

<曲目>
ああ、恩恵に満ちたマリア様(キャロル)
イエス様は処女からお生まれになられた(キャロル)
子守歌:私は見た(キャロル)

アヴェ、おとめマリア様
トレント Nos. 93-4(キャロル/器楽)
陽気に、陽気に(キャロル)
クリスマス:まことの知らせ(キャロル)

~休憩~

イバラの小鳥
エスタンピ ロバーツブリッジ写本より(器楽)
ああ、お別れ
夏の間は陽気に

さあ歌おう(キャロル)
ああ、聖なる御母(キャロル/器楽)
アレルヤ:新しい使命(キャロル)

~アンコール~
ああ、恩恵に満ちたマリア様(キャロル)

 

キャロルと聞くと、いわゆるクリスマス・キャロルと呼ばれる一連のクリスマス・ソングが頭に浮かぶが、この日演奏されたのはそういった類のよく耳にする音楽ではない。12~14世紀のフランスでカロルcaroleと呼ばれた「踊り」の音楽を起源とするこの多声音楽は、15世紀以降、ダンスを伴わない歌を示すようになるとともにクリスマスとの結びつきを強めていったと、今回の解説と歌詞対訳を担当した小倉美加によるプログラム解説に記されている。

演奏場所の中央に譜面台がぐるりと円を描くように並べてあり、1曲目は5人がその周りで輪になって、全員で歌い始める。器楽奏者も歌うのか?!キャロルには「バーデン」と呼ばれる反復句があり、1節終わる毎にバーデンが繰り返される。踊りのステップそのものは現存しないため、各種の図像をもとに彼らが考案したものだという。(現代風にいえば)3拍子のこの曲は、5人のうち2人が足に鈴をつけ、バーデンのところでは小さな打楽器を鳴らしながら歌われる。中世というよりは民族音楽的な感じがした。

キャロル2曲とアヴェ・マリアに続き、器楽曲が始まると、東欧(キリスト教的に言えば東方)っぽい雰囲気になる。立岩が繰り出すパーカッションの楽器とリズムの選択が絶妙なのだ。

前半最後のキャロルは文字通りクリスマスを歌ったもので、バーデンの最初の歌詞でNowellを3回連呼する。続く7つの連は受胎告知からイエスの誕生までのマリアへの呼びかけと客観的な描写を、大天使ガブリエルの視点で描くもの。リコーダー、フィドル、打楽器とともに歌い進められた物語は、終わりのところで一瞬伴奏が止んだ後、最後の言葉が歌われ、こちらの心にすとんと落ちる仕掛けにしてやられた。

後半はキャロルではない同時代の作品から始まった。最初の『イバラの小鳥』はハープと歌による演奏。舞台袖で時折鳴らされる鳥笛によって、「小鳥」感が一層引き立つ。つづく『エスタンピ』は、無印良品などでかかっていそうな曲なのだが、実際に目の前で聴くと、単にエスニックでダンサブルな曲というレベルではなく、かなり複雑なことがなされていることがわかる。普段BGMとして聞き流している音楽の中にも宝物が潜んでいるのかもしれない。

『ああ、お別れ』は歌とリコーダーによる演奏。恋の破綻を歌った短い曲だが、心に沁みた。対照的に『夏の間は陽気に』は、明るい曲。ハープ、リコーダー、フィドル、打楽器、歌と総動員され、今更ながら、1人1人の技量の高さに気づかされる。

最後のパートは再びキャロルに戻り、『さあ歌おう』は中世音楽らしい音の運びに心が躍る。『ああ、聖なる御母』は元々キャロルで歌われる曲を器楽で演奏したもの。リコーダーとフィドルの組とハープとが旋律を交換しながら進んでいくので、同じ旋律を別の楽器でも楽しめる。最後は『アレルヤ』で晴れやかにコンサートの幕が下りた。

アンコールでは冒頭の『ああ、恩恵に満ちたマリア様』が、聴衆から10人ほど一緒に踊る人を募って一緒にステップを踏みながら歌われた。客席に座った人たちからも自然に手拍子が湧きあがり、そこにいる全員がキャロルの輪の中に入ったよう。近江楽堂という小さな空間だからこそできる演出であろうが、ただ聴くだけでなく、参加することによって、よりその世界をリアルに感じることができた。

この時代の楽譜の原譜にはおそらく楽器指定などはないはずで、元の曲をどう割り振って演奏するか、もっといえば、どう選曲するかにもこのグループの見識と美意識が反映されている。プログラムの小倉の言葉にもあるように、キャロルについては聖歌との関連性など研究途上の問題も多いが、それでもなお、いくつものピースを集めて、まとまりのあるプログラムに仕立て上げる力量に敬意を表したい。いつか、この中世イギリスのキャロルといったCDが出ることを願う。

(2020/1/15)


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<Performers>
TrouBour:
 Rie KOSAKA: harp, vocal
 Genki SAKURAI: vocal
 Ai ASAI: recorder
 Kao UEDA: fiddle
 Junzo TATEIWA: Percussion

<Program>
Hail Mary full of grace
Qui natus est de virgine
Lullay: I sa

Ave virgo Maria
Trento Nos.93-4
Be merry, be merry
Nowell: Tidings true

–Intermission—

Bird one breere
Estampie from Robertsbridge Codex
Alas departing
Mirie it is

Now may we singen
Salve sancta parens
Alleluia: A newë work

–Encore—
Hail Mary full of grace