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NHK交響楽団 第1858回定期公演|藤原聡   

NHK交響楽団 第1858回定期公演

2017年4月16日 NHKホール 
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara) 

<演奏>
指揮:ファビオ・ルイージ
ヴァイオリン:ニコライ・ズナイダー
コンサートマスター:篠崎史紀

<曲目>
アイネム:カプリッチョ 作品2
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
(ソリストのアンコール)
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番~アンダンテ
マーラー:交響曲第1番 ニ長調『巨人』

 

ファビオ・ルイージの実演初体験である。1曲目はアイネムだが、この作曲家の作品を実演で聴くのは今回が初。アルバン・ベルク四重奏団が演奏した弦楽四重奏曲第1番やツァグロセークの指揮したオペラ『ダントンの死』の録音を聴く限りでは、1918年生まれ、ある意味で戦後オーストリア音楽界の中心的人物であったこの作曲家、明らかに新ウィーン楽派的な急進性とは別のところに入る作曲家だろう。ストラヴィンスキーのような新古典主義的作風であり、あるいはヒンデミット的に即物主義的でもあり、プロコフィエフ風の皮肉めいた音響もある。当夜の『カプリッチョ』もまさにそういう印象。冒頭は金管のファンファーレで始まり、中間部はクラリネットのソロが題名通りのカプリッチョ(奇想曲)らしい自由な雰囲気を撒き散らす。終盤は管楽器が主体となってすばしこい精力的な音楽を展開するが、ここはかなりのヴィルトゥオジティを要する部分だろう。なにぶん他の演奏を聴いたこともないので比較は出来ないが、ルイージとN響の演奏は冒頭から鋭く音像が引き締まり、アンサンブルは緊密で一分の隙もない。それでいて中間部はリラックスした空気感の醸成もあり、曲の多様な表情を垣間見せて秀逸だったのではないだろうか。異なるアプローチというものもありうるのだろうが、明らかに1つの理想的な名演奏だったことは理解できよう。

ズナイダーを迎えてのメンデルスゾーン、音楽と関係ないことながら随分と背が高く、ガニ股気味なのがどことなくユーモラスである。それはさておき、演奏は個性的である。抒情的でロマンティックな演奏ではなく、推進力優先の鋭角的な演奏でバリバリ弾き進む。また音が大変に美しく、しかもNHKホールとは思えないほどによく飛んで来る。ここ最近この協奏曲を実演で聴く機会がしばしばあるが、旧来の甘美で感傷的な演奏ではなく、ここでのズナイダーのような演奏が多い。誤解を恐れずに書けば、この曲の体現する感性は現代にはおっとりし過ぎている、ということなのか。現代的にアップデートされたメンデルスゾーンという印象。ルイージのサポートは出すぎず引っ込み過ぎず、協奏曲の伴奏としては最高。むしろこちらが聴き物、とは個人的感想。アンコールのバッハはここでも音色が例えようもないほどに美しく、後で見たら使用楽器は1741年製のグァルネリ・デル・ジュス「クライスラー」(余談めくが、協奏曲を弾いた後のヴァイオリニストがアンコールでこの曲を弾くことが非常に多い。何か示し合わせでもあるのか、とすら思ってしまう)。

さて『巨人』であるが、これは最近聴いたこの曲の演奏の中でも最も強烈でファナティック、表現の振幅の激しい名演だった。第1楽章序奏は非常に儚げであり、比喩的な表現を用いれば、まるでこの世の万物がそのあるべき形と姿を定めておらず、全てが流動的かつ非分節化されたままであるかのような空間を現出させる。ここだけでもルイージの手腕、イメージの明確さが聴き手にはっきりと伝わるのだが、この第1楽章はコーダに至るまで幾らか抑制された落ち着きを見せる。

打って代わって第2楽章は荒々しい。冒頭の大きなギアチェンジはわざわざ書いてある5小節目の「付点二分音符=66」の指示を生かしたものだろうが、これをたまにやる人がいてもまだそんなにはいない。そしてトリオがまた実に濃厚で、相当にゆったりしたテンポを基調に、そこに緩急の変化とポルタメントを駆使した演奏は最近なかなか聴けない類のものだ。ちょっとびっくり。

第3楽章冒頭のコントラバス・ソロは、「国際グスタフ・マーラー協会の批判校訂版全集」によりソロではなくてパート全体のユニゾンで演奏されたが、聴覚的にはそこまで大きな違いは感じない。ここでは<葬送行進曲>が終わっての副次主題部でのトランペットの対旋律の強調やルバートが効果的で異様な雰囲気を醸し出す。楽章終盤近くの大げさとも言えるほどの加速も効果的で、この楽章の本質である「異化」をつぶさに体感させる。

終楽章でも特筆すべき点は多いが2点、第2主題のとにかく甘美でゆったりとした歌はまるでプッチーニか、というほどのもので思わず涙にむせび、指示通りホルンを起立させたコーダの重量感と高揚は天井知らずといった印象さえ受けて鳥肌が立った。しかし決して野放図ではなくあくまで計算された音響が構築されているのは明白、だからこそインパクトが極大なのだ。凄いものを聴かせて頂きました。

終演後の聴衆の歓呼も大きく、N響楽員は起立を促すルイージになかなか応じず本気の拍手でこの小柄で一見地味、かつ堅実そうな外見のマエストロを称える。このオケとしてもここまで指揮者を称えるジェスチュアを見せることはないだろう。ルイージ、この実演1回で「今後実演は可能な限り聴き逃せない指揮者」になってしまいました。