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NHK音楽祭2017 モーツァルト:《ドン・ジョヴァンニ》|藤堂清

NHK音楽祭2017
モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》全2幕(演奏会形式・字幕つき)

2017年9月9日 NHKホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ステージ演出:佐藤美晴

<キャスト>
ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・プリアンテ
騎士長:アレクサンドル・ツィムバリュク
ドンナ・アンナ:ジョージア・ジャーマン
ドン・オッターヴィオ:ベルナール・リヒター
ドンナ・エルヴィーラ:ローレン・フェイガン
レポレッロ:カイル・ケテルセン
マゼット:久保和範
ツェルリーナ:三宅理恵
合唱:東京オペラシンガーズ
管弦楽:NHK交響楽団
チェンバロ:石野真穂

 

全体としてバランスのとれたすばらしい上演であった。
音楽面では、指揮者の構築力が見事で、最初から最後までゆるむことがなく、それに応えたNHK交響楽団も、低音のズンズンというきざみが効果的で強い推進力があり、響きは新鮮であった。若手歌手中心のキャストは粒ぞろいで、それぞれに個性がありながら、アンサンブルもよく調和。
演奏会形式とはいうものの、舞台上にはベンチが置かれ、その周囲で歌手が演技をし、照明の変化により場面変化をつけるといった演出が付けられた。限られた範囲の動きや小道具のみだが、音楽に寄り添い、説得力のあるもの。

舞台上に並んだオーケストラは小規模な編成、近年多くなった古楽器や古楽奏法に基づく演奏ではないが、序曲の出だしの低弦の張りつめた音にまず惹きつけられた。快速演奏というわけではないのに、スピード感がある。一気にオペラの世界に引き入れられた。
最初に登場したレポレッロの手にあるのは、手帳ならぬノートパソコン、現代版《ドン・ジョヴァンニ》ですよと冒頭から見せる。ケテルセンは、声に無駄な贅肉がつかずしっかりと響き、テンポもリズムも指揮者にピッタリと合わせている。
逃げるドン・ジョヴァンニとそれを追うドンナ・アンナが登場。ジョヴァンニのブリアンテ、アンナのジャーマンはともに少し細めの声だが、三人のアンサンブルはきっちりしている。騎士長が登場する直前に、ジョヴァンニはアンナを引き寄せ口づけしようとするのだが、彼女はそれを受け入れる様子、この二人の関係をこの小さな動きで見せている。騎士長のツィムバリュクの声は迫力があるが、その威力にまかせることなく丁寧な歌い方。彼がジョヴァンニと決闘し斃された後、ドン・オッターヴィオとともに戻ったアンナの嘆き、それをなぐさめるオッターヴィオ。リヒターの声のピュアな美しさ、その厚み、そしてスタイリッシュな歌に感心。ジャーマンとのアンサンブルではがっちりと彼女を支えている。
場面は変わってドンナ・エルヴィーラの登場、彼女は金色の舞台衣装に外套を羽織っている。後の場面でジョヴァンニが逃げ出すときにこの外套を拾い上げ着ていくことから、彼が彼女のところに残していったものという設定と分かる。彼女が怒り、嘆きながらも、最後までジョヴァンニを愛し続けたことを明瞭にする道具ともなっていた。フェイガンはこの日のキャストの中で一番若いが、声のテクニックもしっかりしており、言葉が明瞭であった。
ノートパソコンを見せながらの〈カタログの歌〉はケテルセンの聴かせどころ。テンポの変化はヤルヴィの指示だろうが、気持ちよくオーケストラに乗っていた。
ツェルリーナとマゼットの日本人キャストも若々しい歌を聴かせてくれた。
ジョヴァンニとレポレッロのレチタティーヴォでのやりとりは、離れた位置でスマホ経由と、舞台として見せる上での遊びも楽しい。また、石像の歌はオルガンの演奏席で歌わせたり、オーケストラの奥の空きスペースを使ったりといった工夫で、演奏会形式による制約を感じさせない。地獄落ちでは、照明で真っ赤な舞台、ジョヴァンニは女性たちに引き込まれていく。

歌手の充実はオペラの鑑賞の重要な要素であり、この日の舞台では誰一人として落ち込む人がいなかった。しかし、もっと大切なことはオーケストラの演奏であり、それをコントロールする指揮者である。パーヴォ・ヤルヴィのすみずみまで目配りのきいた指揮に、NHK交響楽団が応え、オーケストラの音としてもなかなか聴けない美しいものであった。この二つの要素がそろったことで、この日の上演は聴きごたえのあるものとなった。
さらに、舞台演出が歌手の位置だけでなく、細かな動作まで付けられていたし、外套やパソコンといった小物にもきちんと意味づけしていたことには感心した。
大がかりな舞台装置なしでも、これだけの充実した公演ができるなら、演奏会形式も良いものだ。
もちろんモーツァルトの音楽がすばらしいから、という前提はあるのだが。