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2台ピアノ協奏曲新春コンサート:5名の若手気鋭のピアニストの饗宴|大河内文恵

2台ピアノ協奏曲新春コンサート:5名の若手気鋭のピアニストの饗宴
New Years Concertos for two pianos

2021年1月9日 東京文化会館小ホール
2021/1/9 Tokyo Bunkakaikan small hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi

<曲目と演奏者>        →foreign language
J.S.バッハ:ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1052
川口成彦/オーケストラパート:務川慧悟

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 Op. 26
黒岩航紀/オーケストラパート:實川風

~休憩~

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K. 453
小林海都/オーケストラパート:川口成彦

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 Op. 16
務川慧悟/オーケストラパート:黒岩航紀

~休憩~

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op. 18
實川風/オーケストラパート:小林海都

 

ピアノ協奏曲を一晩で5つ(すべて全楽章!)やるなんて、狂気の沙汰だとふつうは思う。このシリーズは2017年に4名で始まり、2019年に続き、3回目。今回新たに加わった川口以外は、初回から同じメンバーで続いている。演奏作品は、初回はサン=サーンスの2番、ラヴェルのト長調、グリーグ、ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲、2回目はリスト1番、バルトーク3番、サン=サーンス5番、プロコフィエフ3番と、回を追うごとに選曲のレベルが上がっている。

今回はさらにパワーアップして、バッハとモーツァルトが入っているにしても、一晩にプロコフィエフの2番と3番を両方聴く機会など、めったにあるものではない。それがたとえ2台ピアノによるものだとしてもだ。17時45分に開演し、終演予定時間を30分ほど過ぎて終わったから、休憩を含め4時間弱かかったわけだが、実にあっという間で、えっもうそんな時間?というのが実感だった。

ソリストとオーケストラ・パート担当者とが1組みになって演奏するこのシリーズは、両者が同じ組み合わせにならないように工夫されている。だから、プロコフィエフの2番のソリストと3番のオーケストラ・パートを務めた黒岩を除いて、他の奏者は自分のソロ曲とは違う作曲家の作品と合わせて2曲弾くことになる。つまり、それぞれが一晩に2曲のピアノ協奏曲を弾くわけだ。もちろん、同じ作曲家を2曲弾いた黒岩がラクだったなどということはなく、プロコフィエフ1曲だけでも相当の体力を必要をするだろうに、2曲も弾くなど人間業を超越している。

さきほどから「オーケストラ・パート」という言葉が頻出しているが、これを「伴奏」としないのには理由がある。彼らはピアノ・リダクションを基本にしつつも、適宜オーケストラ・スコアを参照しながら、独自の工夫を凝らしており、2台ピアノの演奏を聴いているような感覚に陥ることが度々あった。

今回から加わった川口は、實川の大学時代の同級生という縁によるものだそうだが、彼が加わったことにより、それまでロマン派以降に偏っていたレパートリーが一気に古典派、バロック時代にまで広がり、より幅広くバランスの取れたものになった。

バッハの協奏曲を2台ピアノで演奏するというのは、オーケストラ・パートがピアノであるために平均律に縛られざるを得ないという意味で非常に苦労があったと思われる。とくに不協和音が多く混ざっている2楽章では、チェンバロと弦楽器であればさほど気にならないところが、濁って聞こえてしまうことが避けがたい。
3楽章のカデンツで、それまでバッハの音楽だったのがいきなりブラームス全開になって思わず心の中で噎せてしまったが、逆にいえば、そこまではピアノ2台でしっかりバッハの世界が作られていたということである。また3楽章では川口の得意な弱音の美しさや繊細な表現が散りばめられ、この長いコンサートのトップランナーとしての役割を果たしていた。

曲間では、鍵盤や椅子など、念入りに消毒がおこなわれる。次のプロコフィエフ2番では、黒岩の巧さが光った。こんなに軽々とプロコフィエフを弾いてよいのだろうか?音数の少ないところになると黒岩が自らのテクニックを持て余しているようにみえたが、オーケストラ・パートの實川のフォローが効いており、2台ピアノ的な楽しみ方ができた。

事前にはあまり期待していなかったのに抜群に良かったのは、モーツァルトである。最初から最後までまるで3幕もののオペラを見ているかのように、終始楽しめる演奏で、コンサートの最後までこの演奏が続いたとしてもそれはそれでいいのではないかと思えるほどであった。あちこちで仕掛ける小林に、川口が涼しい顔をして応えているのがわかるセッションのような演奏だった。

続くプロコフィエフ2番を弾いた務川は、すでにオーケストラとこの曲で共演した経験をもつため、唯一暗譜での演奏だった。1楽章では緊張からか、力が入りすぎている感じがしたが、2楽章以降はほどよく力も抜けてよい演奏になった。オーケストラが相手だとどうしても力負けしないようにと頑張ってしまうのだろうが、力の抜きどころがうまくコントロールできるようになると怖いものなしになるだろう。

最後は實川と小林によるラフマニノフ2番。出だしの和音を聞いただけで涙が出そうになる名曲だが、彼らの本領が発揮されたのは有名な1楽章ではなく、2楽章と3楽章だった。實川は、ラフマニノフらしい抒情性を強調したりはせず、むしろ淡々と弾き進めていく。だからこそかえって胸に迫る。小林のアシストも絶妙で、オーケストラだとそれぞれの楽器の音色でぼやかされてしまう曲の輪郭が、くっきりと浮彫りになる。音の論理を着実に構築していくことによって、これだけの感動を与えることができるということを實川は証明した。

このコンサートでは、演奏の合間に奏者たちによるトークが挟まれており、演奏のみではわからない各奏者の人となりもわかる。その中で最も心に残ったのは、ピアニスト同士というのは実はお互いに会う機会があまりないということである。たしかに、ソロ・リサイタルにしても室内楽にしてもオーケストラの共演にしても、たいていの演奏会にピアニストは1人である。彼らがリハーサルや本番を通して、お互いに刺激し合えるこの場は、貴重な成長の機会でもある。2年後、どんな演奏が聞けるのか、今から楽しみである。

(2021/2/15)

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<players>
Naruchiko, KAWAGUCHI
Koki, KUROIWA
Kaito, KOBAYASHI
Keigo, MUKAWA
Kaoru, JITSUKAWA

<program>
J.S. Bach: Piano Concerto BWV1052
Prokofiev: Piano Concerto No. 3 Op. 26

–intermission–

Mozart: Piano Concerto No. 17 K453
Prokofiev: Piano Concerto No. 2 Op. 16

–intermission–

Rachmaninov: Piano Concerto No. 2 Op. 18