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NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(旧・北ドイツ放送交響楽団) 来日公演|藤原聡

NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(旧・北ドイツ放送交響楽団) 来日公演

2017年3月12日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:クシシュトフ・ウルバンスキ
ピアノ:アリス=紗良・オット

<曲目>
ベートーヴェン:『レオノーレ』序曲第3番 ハ長調 Op.72b
同:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37
(ソリストのアンコール)
グリーグ:『ペール・ギュント』~「山の魔王の宮殿にて」
R・シュトラウス:交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』 Op.30
(オーケストラのアンコール)
ワーグナー:歌劇『ローエングリン』~第3幕への前奏曲

 

2015年の9月よりNDRエルプフィルの首席客演指揮者に就任したウルバンスキと同オケの来日公演、興味津々だ。周知の通り同オケの現・音楽監督はヘンゲルブロックであり、この組み合わせでは既に2度来日している。曲によってピリオド風であったり、あるいはオーソドックスで重厚であったりと、ヘンゲルブロックの指揮は特定の枠組みに押し込むことのできない自由さに満ち溢れる。それはそれで興味深いのは当然であるが、近年飛ぶ鳥を落す勢いでその活躍の場を広げているウルバンスキとの実に新鮮な組み合わせでの来日公演もヘンゲルブロックとの来日公演に劣らず楽しみである。さほど回数が多くはないものの、日本の聴衆にとっては東京交響楽団や大阪フィルへの客演でウルバンスキの実力の程は知れ渡っており、その彼がかつてイッセルシュテットやヴァントが率いていたこのドイツの名門をどのように統率するのか、は「指揮者の仕事ぶり」をつぶさに観察したいファンにとってまたとない機会だろう。さて、首尾はいかに。

まずは『レオノーレ』3番だが、34歳の指揮者が造る音楽としてはとにかく慎重かつていねいであり、音響バランス重視でどこも突出しない。慌てず騒がず、といった風情で、音量は基本的に相当抑制されており、何よりも弱音部の響きの美しさと細やかさが際立つ。序奏が終わった後に出現する第1主題などは虚無的と言えるほどで、非常に独特な雰囲気を醸し出す。終結部ですら手放しで盛り上げることをしないため、ある種のカタルシス、からは遠い。
非常に考え抜かれた演奏であり、指揮者の非凡さを感知するにやぶさかではないが、率直に書くならば「落ち着き過ぎ」ではないのか(ちなみに例のバンダ指定のトランペットは1度目が3階席から、2度目がステージ下手裏から。また、コーダに入った直後の第1ヴァイオリンの急速なパッセージでは最初に第1プルトのみ弾かせ、その後に後方プルトも徐々に加わって行くという演奏法が取られていた。寡聞にしてこのようなやり方を知らない)。

アリス=沙良・オットを迎えてのベートーヴェンの『ピアノ協奏曲第3番』。ウルバンスキから記せば、『レオノーレ』同様に弱音~中程度の音量を基盤にした音響設計は極めてインティメートであり、ソロとの室内楽的な絡みに命を賭けたのか、という程の繊細さは特筆に価する。このような演奏を指向するウルバンスキに主導権を持たせたためか、アリス=沙良・オットのソロも常にも増して端正で上品であり、1つ1つの音を実にていねいに弾き進めて行く。
となれば、当演奏の白眉は第2楽章になるのは自明で、指揮とピアノ共々耽美的、とすら言えるような独特の世界を作り上げ、一般的なベートーヴェンのイメージからすれば異色。終楽章もコーダですら華やぎを感じさせる、というよりは終始落ち着いた印象。興味深い演奏には違いないが、ベートーヴェンとしては若干の違和感も残る。
アリス=沙良・オットのアンコールにはグリーグ。曲の性質が全く違うとは言え、こちらの方が遥かに活き活きしていた感。

そして待望の『ツァラトゥストラはかく語りき』であるが、ここでわれわれはウルバンスキの別な一面を味わうことになる。例の序奏からして相当に遅めのテンポを採用し、ルバートも駆使される。これほど「溜める」演奏は近年なかなか耳にしない。ちょっとマゼールの演奏を思わせたほどだ。音響はヘンゲルブロックとの来日時と比べるまでもなく重厚で渋いが、しかし指揮者の個性から過度に重々しくはならない。
全体にハーモニーの膨らみを重視し、部分が突出しないという意味では前半のベートーヴェンと同様。音の綾が非常に美しい。この辺りはオケの個性、というか伝統を生かしたのではないかと推察される(仮に東響を振ったならば相当に違った演奏になるはずだ。もっと攻撃的になるだろう)。
冒頭での「カマし」はあれど、全体としてはコケおどし的な効果とはまるで無縁、繊細な手つきで『ツァラトゥストラ~』をじっくりと構築。この曲が全く浅薄に聴こえない。ここでも「耽美的」という表現を使いたくなるような内省的な演奏。但しこの日のオケの演奏精度は必ずしも高くなく、ところどころで妙な音を発したり「抜け」があったりと、それだけは残念。

アンコールはこのオケでやるとは思わなかった『ローエングリン』~第3幕への前奏曲。コクのある落ち着いた響きがとにかく心地良い。割れないで凝縮するようなトロンボーンの咆哮はまさにこのオケ。「質問禁止の動機」が最後に盛大に鳴るロングバージョンでの演奏。