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特別企画|新型コロナウィルス感染症と日本の音楽文化 ―3―|戸ノ下達也 

新型コロナウィルス感染症と日本の音楽文化 ―3―
Music Culture in Japan under COVID-19 (3)

Text by戸ノ下達也 (Tatsuya Tonoshita)

◆はじめに
本稿では、6月中旬から今月上旬に至る、新型コロナウィルス感染症と音楽文化の課題について、前々号前号に続き、内閣、立法、音楽界の対応を整理する。
現在の新型コロナウィルス感染症対策は、内閣官房に設置された「新型コロナウィルス感染症対策本部」(以下「対策本部」)が、令和2年5月25日変更として発表した「新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針」(以下「基本対処方針」)と、この基本的対処方針に基づき、7月8日付けで都道府県知事に事務連絡された「移行期間における都道府県の対応について」(以下「都道府県の対応」)に基づいて実施されている。
以下、この状況下の音楽文化を取り巻く現状を考えてみたい。

1.内閣(首相官邸・内閣官房)の対応
(1)安倍内閣総理大臣の姿勢
6月12日に、参議院本会議で令和2年度第二次補正予算が可決した後、同17日に第201回通常国会は、閉会してしまった。
通常国会の閉会を受けて、安倍内閣総理大臣は、同18日に記者会見で、次のように言及している。

「世界最大の対策によって雇用と暮らし、そして日本経済を守り抜いていく」
「明日(引用者中・6月19日)からは、都道府県をまたぐ移動も全て自由となります。各地への観光旅行にも、人との間隔をとることに留意しながら、出掛けていただきたいと考えています。プロ野球も、明日、開幕します。Jリーグも、リモートマッチに向けた準備が進んでいます。コンサートなどのイベントも、1,000人規模で開催していただくことが可能となります。ガイドラインを参考に、感染予防策を講じながら、社会経済活動を本格化していただきたいと考えています。正に、新たな日常をつくり上げていく」

安倍総理大臣は、令和2年度補正予算を世界最大規模と豪語し、今後も経済最優先で対応することを明言した。しかし、立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社会保障を立て直す国民会議、社会民主党の野党4党1会派は、6月17日に、引き続き新型コロナウィルス感染症対策を講じるため、12月28日までの会期延長を大森理衆院議長に申し入れた。周知のとおり、新型コロナウィルス感染症対策以外にも、首相主催の「桜を見る会」と後援会による「前夜祭」疑惑、菅原前経産相や河井前法相夫妻の公職選挙法違反、自衛隊の中東派遣、検察庁法改正案等々の問題が山積しているにも関わらず、安倍内閣は早々に国会を閉会した。新型コロナウィルス感染症対策ひとつとっても、令和2年度補正予算成立で全てが完結したわけではなく、社会の立て直しがようやくスタートする状況になっただけであるのに、あとは予算措置の中で、国民自らの責任で対応しろ、というのが内閣の姿勢である。
さらに、今後の文化芸術振興を考える上で、非常に重要な動きが、前述の安倍総理記者会見で次のように示された。

「コロナの時代、その先を未来から見据えながら、新たな社会像、国家像を大胆に構想していく未来投資会議を拡大し、幅広いメンバーの皆さんにご参加いただいて、来月から議論を開始します。
新たな目標をつくり上げるに当たって、様々な障害を一つ一つ取り除いていく考えです。そして、ポストコロナの新しい日本の建設に着手すべきは今、今やるしかないと考えております」

このように、今現在の、人々の生活支援や文化芸術の再開・継続と支援が見通せず、行き届かない状況であるにも関わらず、国会を閉会させ、「ポストコロナ」対策の着手こそが、今やるべきことというのが、安倍総理率いる内閣の認識である。

(2)未来投資会議の方向性
その未来投資会議は、既に4月3日の第37回会議から新型コロナウィルス感染症対策について、雇用維持、資金繰り対応強化、ビジネスモデル再構築、自動配送ロボット等などの観点から議論していたが、6月16日開催の第39回会議で、「今後のウィズコロナ、ポストコロナ時代の成長戦略の立案に向けた方向性」が議題となり、会議後に西村康稔内閣府特命担当大臣が記者会見で、今後の未来投資会議の方向性について報告した。
未来投資会議では、この第39回会議までは、文化芸術については特に議論されていなかった。しかし、7月3日開催の第40回会議で「成長戦略実行計画案」が、「成長戦略フォローアップ案」、「令和2年度革新的事業活動に関する実行計画案」、「令和元年度革新的事業活動実行計画重点施策に関する報告書案」の三点と共に議論された。
まず、「成長戦略フォローアップ案」では、
「6.個別分野の取組」として、「ⅳ)観光・スポーツ・文化芸術」が明記された。そこでは、「③文化芸術資源を活かした経済活性化」として「ア)「文化芸術推進基本計画」及び「文化経済戦略」に基づく文化芸術による経済好循環の加速化」と「イ)文化芸術資源を核とした地域活性化」が盛り込まれている。
しかし、この前提はあくまで経済の活性化であり、文化振興は、それに従属する位置づけである。何より、今議論すべきは、新型コロナウィルス感染症の文化芸術への支援や影響の検証と、その再開・継続であるが、この点については、
ア)で、

「アーティスト等の育成や発表の機会の確保、継続的な活動基盤の強化及びICTを活用した鑑賞者獲得のための取組等を支援することで、新型コロナウィルスの感染拡大でも文化の灯を消さず国民への希望を提供できるよう、継続的な文化芸術の創造・発展・継承や、収束しつつある段階での回復に必要な基盤を整備する」

ことと、イ)で、

「学校や地域における芸術教育を推進するとともに、新型コロナウィルスの影響等を受けた文化芸術団体による鑑賞教室や、子供たちの文化芸術体験活動の更なる充実を図る」

という、抽象的な精神論に終始し、その他は、「文化芸術の「多様な価値」を活かして「文化芸術立国」の実現を目指す」目的で平成30年3月6日に閣議決定した「文化芸術推進基本計画」と、「多様性に対して理解ある寛容な国民性が育まれ、文化国家に生きる国民一人ひとりの誇りや尊厳に根差した「国民文化力」が醸成され、心豊かな国民生活や、ときめきや感動に満ち溢れた創造的で活力ある社会を実現するとともに、我が国の文化の魅力や素晴らしさが、国際的に広く発信され、日本への理解や憧れが一層深まることにより、我が国が世界の標となり、敬意と共感を集める「文化芸術立国」へと飛躍し世界に冠たる国家ブランドを確立する」ために内閣官房と文化庁が平成29年12月27日に発表した「文化経済戦略」の趣旨を、東京オリンピックが延期された2020年7月時点バージョンに修正した内容となっている。
そして、「令和2年度革新的事業活動に関する実行計画案」で、2025年度までの計画フローが示され、「令和元年度革新的事業活動実行計画重点施策に関する報告書案」で、平成24年12月の閣議決定で設置された「日本経済再生本部」から平成29年9月に開催決定された「未来投資会議」に至る経過を整理したうえで、各施策の進捗状況を総括している。そこでは、革新的事業活動の、文化芸術について、「2025年度までに文化GDPを18兆円(GDP比3%程度)に拡大することを目指す」とされていて、2016年度速報値が8.9兆円であり、「今後、目標達成に向けて、不可価値を生み出す文化芸術の支援を充実するとともに、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野との連携を強めていく」とまとめられている。
ここで終始一貫しているのは、文化振興よりも、経済戦略や経済効果のための文化芸術の活用であり、「文化芸術立国」という国家ブランディングの確立であることは、留意すべきであろう。

(3)注視すべき内閣の姿勢
周知のように、「新型コロナウィルス感染症対策専門家会議」は、7月3日の新型コロナウィルス感染症対策本部の第40回会議で廃止が決定した。そして同日には、新型インフルエンザ等有識者会議(以下、「有識者会議」)が開催され、新型インフルエンザ等対策閣僚会議決定の一部改正で、感染動向のモニタリング、ワクチン接種のあり方と接種の優先順位、「次の波対策」を含めた今後の新型コロナウィルス感染症対策などを審議事項とする、有識者会議の分科会として、医療や経済の専門家など18名による「新型コロナウィルス感染症対策分科会」(以下、「対策分科会」)が設置された。これだけ大きな社会問題となっている新型コロナウィルス感染症対策の総元締めが、有識者会議に設置された分科会の一つで仕切り直しされていることは、もっと問題視されるべきではないか。
その分科会は、同6日に初会合を開催し、「基本的対処方針」で提示した内容のとおり、7月10日から参加者上限を5000人かつ屋内施設の場合は収容率50%以内とする「イベント開催制限の段階的緩和の目安」の方針を了承した。そして、内閣官房は7月8日に、各都道府県と各府省庁宛に、「7月10日以降における都道府県の対応について」を事務連絡し、「催物の開催制限」として、開催の目安と留意事項、施設の使用制限等を示達した。ここでは、人数要件と収容率要件は地方公共団体により、その地域の感染状況に応じて異なる基準設定ができるとするものの、人数要件と収容率要件を緩和する場合は国と十分連携することや、イベント参加者や施設利用者への接触確認アプリのインストールを促していることが特筆される。

以上のとおり、令和2年度補正予算での新型コロナウィルス感染症の対策を講じたこと、専門家会議を廃止し分科会に移行したこと、7月10日以降の外出自粛や催物(イベント)の制限を緩和したことで、内閣としては、当面の対策を完了したという認識が明確化された。
それは、前回の拙稿で言及した、内閣官房の経済財政諮問会議が、6月22日開催の第9回会議からは、「新たな日常」を支える、地域振興や社会保障という課題への取り組みに集中し、7月8日の第10回会議からは、今後の政策対応の大きな方向性に重点を置いた「経済財政運営と改革の基本方針2020(仮称)」(いわゆる「骨太方針」)のまとめに専念することとなり、ポストコロナの総合的戦略は、安倍総理の言及のとおり、未来投資会議に集約されている。
今後は、分科会の提言や、未来投資会議など、内閣の諮問機関の提言等で、政策が決定し、その中で文化芸術が議論されていくことになると思われるが、ここで見たように、この内閣の議論が、新型コロナウィルス感染症の影響を踏まえた文化振興ではなく、観光とスポーツとセットになった、経済発展のための文化の利用が最優先と捉えられていることは、今後注視すべき問題であろう。

2.内閣(文化庁)の対応
文化庁は、6月17日の令和2年度補正予算の成立に伴い、新型コロナウィルス感染症対策の具体的な文化芸術支援策を発表した。その骨子は、

新型コロナウィルス感染症に伴う文化芸術に関する各種支援のご案内
文化芸術活動の継続支援について(文化芸術活動への緊急支援パッケージのうち【1】~【3】)

として、文化庁HPで整理されているとおりである。
令和2年度補正予算成立により、ようやく文化芸術の活動再開・復興と継続への第一歩が踏み出されようとしている。ただ全額支援は、中止となった鑑賞教室等の実施の支援のみであり、特に実演家やスタッフなどへの支援は、持続化給付金に加えて、フリーランスや文化芸術団体、家賃支援給付金(詳細検討中)など上限金額が設定された支援が主体であることは、指摘しておきたい。いずれにせよ、ここで具体化されたこれらの支援策が少しでも有意義に活用され、文化芸術の再開・継続へと繋がっていくことを期待してやまない。

3.地方公共団体の対応
地方公共団体も、「都道府県の対応」や地方公共団体の令和2年度補正予算成立を受けて、具体的な支援策を発表し、実施している。その本稿でその全てを網羅することは出来ないが、6月中旬以降に限ってみても、いくつかの取組みが始まっている。
6月22日には、大阪府豊中市が文化芸術活動支援助成金を、7月1日には、沖縄アーツカウンシルが、令和2年度沖縄文化芸術を支える環境形成推進事業「おきなわの芸術がふたたび歩みだすための緊急応援プログラム」を、公益財団法人神戸市民文化振興財団が、「頑張るアーティスト!チャレンジ事業」を、それぞれ発表している。
また、地方公共団体が所管するホールや劇場では、使用料減免や助成などの措置がとられるなど、活動再開と継続への努力が広がりつつある。
何より実演者や実演団体、音楽愛好者の身近で芸術文化の振興を担っている地方公共団体が、限られた予算や設備の中で、考えらえる方策を少しずつ実行していることは、見守り、評価しながら、一層の関係者間の連携を強化して前進していくことが望まれる。

4.立法・政党の対応
通常国会は閉会したが、立法は、特に野党の努力により、各委員会が閉会中審査を実施することを申合せ、不測の事態に備えている。安倍内閣の一存で閉会する過程で、野党各党が、閉会中審査の実施ができる環境を整えたことは、積極的に評価しなければいけない。
また各政党は、ウィズコロナやポストコロナに向けた戦略を、主に経済戦略として具体化し、自由民主党と公明党は、安倍総理にその骨子を提言している。例えば、自由民主党政務調査会が6月25日に発表した「ポストコロナの経済社会に向けた成長戦略」では、「デジタル田園都市国家」と「経済安全保障」を実現させるため、「観光・スポーツ・文化活動への対応」を明記し、特にスポーツ市場拡大については、6月23日に安倍総理に直接提言している。また公明党は、6月23日に、文化庁や関係者と、文化芸術の緊急支援策の意見交換を行っている。もっとも、自由民主党の「成長戦略」での文化芸術への言及は、「文化経済戦略」など文化による経済活性化と文化芸術立国を目指す方向性を踏襲したものであるが、ポストコロナの経済戦略の一つとして、文化芸術を意識していることは、私たちも正負両面から認識すべきである。
各政党も、継続して今後の文化芸術の振興について取組んでいくと思われるが、引き続き文化芸術支援と活動再開・継続について、立法や各政党がどのように向き合い、取組んでいくか、注視したい。

5.音楽界の動き
6月中旬以降の音楽界は、業種別ガイドラインの拡充と、活動再開・継続に向けた検証実験など、具体的な取組みが、確実に進行している。
業種別ガイドラインは、6月29日に、一般社団法人全日本合唱連盟が「合唱活動における新型コロナウィルス感染症拡大防止のガイドライン」を、同30日には、緊急事態舞台芸術ネットワークが「舞台芸術公演における新型コロナウィルス感染予防対策ガイドライン」を、それぞれ発表した。
また、文化芸術推進フォーラムは、6月18日に開催した総会で、「新型コロナウィルスによる文化芸術の停滞からの復興、そして力強い創造の活力、文化芸術立国を牽引する文化芸術省の創設へ」を発表し、「文化芸術復興基金」への予算措置と、「文化芸術省」創設を軸に、五つの提言を行った。
音楽界のトピックとして特筆すべきは、活動再開・継続に向けた取組みである。
本誌6月15日号でもレポートされた、東京都交響楽団が、6月11日と12日に東京文化会館で実施した「COVID-19影響下における演奏会再開に備えた試演」の結果と専門家の助言は、同25日に「東京都交響楽団(都響)演奏会再開への行程表と指針~COVID-19影響下における演奏会再開に備えた試演」を受けて~」として公表された。特に管楽器を声楽の演奏の粒子計測は、現時点での科学的検証の重要な指針である。
さらに、同22日には、クラシック音楽公演運営推進協議会と一般社団法人日本管打・吹奏楽学会が、「「#コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」について~クラシック音楽演奏会・音楽活動を安心して実施できる環境づくり~」を発表し、まず、聴衆間や奏者間の距離の比較・検討を、7月11日から13日に行う実験で着手することを公表した。
現時点では、政府の方針に基づいたガイドラインが出揃い、活動再開と継続のための科学的検証が動き出し、今後の音楽活動への明るい兆しが見えてきた状況と言える。音楽界が一つひとつの課題を克服し、前進しつつあることを、評価し支援していくべきであろう。

◆おわりに
5月25日の緊急事態宣言の解除、6月17日の令和2年度第2次補正予算の成立、6月19日の都道府県をまたぐ移動制限の解除、7月10日の催者開催制限の更なる緩和は、ウィズコロナからポストコロナに向けた、各種ガイドラインの発表とあわせ、音楽活動の再開・継続のための検証と公演の開始という新たなステップへの移行を促す結果となった。ここに至る過程では、文化芸術支援に関する、実演家やスタッフ、実演団体の切実な叫びが、政党や立法を突き動かし、関係者が連携して文化芸術への支援と、活動継続の具体的な取組みを推進したことは記憶しておきたい。
もっとも、東京都では7月2日以降、新規感染者が100名を記録し、さらに9日から本稿脱稿の11日まで200名を越え、感染者数の最大人数を更新するなど、まだまだ予断を許さない状況である。しかし、音楽活動の再開・継続に向け、音楽界が、一丸となって取り組んでいることは、大いに評価し支援していくべきである。
そして、その取組みでは、プロやアマチュア、器楽や声楽、実演と評論といった垣根を越えて横の連携を図り、強化・深化させていく必要がある。それは即ち、今後の文化芸術の深化・発展を占うものにほかならないのではなかろうか。

(2020年7月11日脱稿)

(2020/7/15)

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戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)
1963年東京都生まれ。立命館大学産業社会学部卒。洋楽文化史研究会会長・日本大学文理学部人文科学研究所研究員。研究課題は近現代日本の社会と音楽文化。著書に『「国民歌」を唱和した時代』(吉川弘文館、2010年)、『音楽を動員せよ』(青弓社、2008年)、編著書に『戦後の音楽文化』(青弓社、2016年)、『日本の吹奏楽史』(青弓社、2013年)、『日本の合唱史』(青弓社、2011年)、『総力戦と音楽文化』(青弓社、2008年)など。演奏会監修による「音」の再演にも注力している。第 5 回JASRAC音楽文化賞受賞。
2020年7月末日、㈱ハンナより、ヴィタリ・ユシュマノフとの共著『ヴィタリ~人生って不思議なものですね~ 日本の「うた」に魅せられたロシア人歌手』を刊行予定。