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ウィーン留学記|ライムントの魔法妖精劇|蒲知代|

ライムントの魔法妖精劇

text & photos by 蒲知代(Tomoyo Kaba)

ウィーンに留学した当初、日本語を学んでいるオーストリア人の学生と日本語で話すのに苦労した。自分がいつも話しているように日本語を話しても通じるかどうか悩んだからだ。というのも、私は関西出身なので、うっかりすると関西弁が出てしまうし、だからと言って丁寧語を使うのも、同年代の相手と話す場合には少し違和感がある。気を遣いすぎる余り、外国人が話すような片言の日本語になってしまうこともあった。しかしながら、はたと気付いた。相手は私に対して普通にドイツ語を話しているではないか。もちろん、ゆっくりと分かりやすいドイツ語を選んで話してくれる人もいるが、少数だ。以来、オーストリア人相手でも、肩の力を抜いて自然な日本語を話せるようになった。

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劇場に当日券を買いに行って買えなかった、という経験をしたのは、今回が初めてだった。去年の暮れに、ヨーゼフシュタット劇場にライムントの戯曲『百万長者になった農夫』(原作のタイトルは「妖精界の娘あるいは百万長者になった農夫」)を観に行こうとした時のことである。普段であれば開演直前でも立ち見のチケットは残っているのだが、いつもより早めに劇場へ行ったにもかかわらず、売り切れ。次の公演は大みそかと元日だったので、別の日の安い柱席の前売り券を購入した(柱席は、目の前の柱で視界の一部が遮られる席だが、ヨーゼフシュタット劇場の柱は細いので、早めに売れてしまうことが多い)。

ヨーゼフシュタット劇場

ヨーゼフシュタット劇場は1788年に建てられた劇場で、ウィーンで現在も上演を続けている劇場の中では最も歴史が古い(写真のヨーゼフシュタット劇場の建物の前に張り巡らされているのは、路面電車の架線である)。映画『第三の男』でヒロインのアンナが出演していた劇場でもある。
私は3年前の春にトーマス・ベルンハルトの『消去』を観に行って以来、かれこれ10回ほど足を運んでいる。最初のうちは学生チケットで大変良い席に座らせてもらい、年齢制限で学生チケットが買えなくなった後は、立ち見で観るようになった。
ところで、劇場内には至る所にシャンデリアがあるが、客席頭上のシャンデリアには仕掛けがある。立ち見のある3階席正面から舞台を眺めると、最初は目の前に大きなシャンデリアがあって舞台が見えないが、開演直前に上に移動するので、鑑賞の邪魔にはならない。『第三の男』にも、幕間に入るとき、シャンデリアが下に降りてくる様子が一瞬映っている。

ライムント像

さて、フェルディナント・ライムント(1790-1836)はウィーン民衆劇の代表的作家である。彼は両親の相次ぐ死で学校を中退して菓子店で働き始めたが、夜はブルク劇場などで、菓子や飲み物を売りながら劇を観ることができたため、俳優になることを決意したそうだ。旅回りの劇団員からウィーンの劇場の俳優になり、1823年から自分でも台本を書き始めて、46歳で亡くなるまで優れた作品を世に出し続けた(ライムントは愛犬に噛まれ、狂犬病になったのではないかと思い込んでピストル自殺を図り、6日後に亡くなっている)。1898年にはフォルクス劇場の向かいにライムント像が作られた。
ウィーンには、ライムント劇場という、近年ではミュージカルを専門とする劇場があるし、ライムント像の斜向かいにはカフェ・ライムントもある。カフェ・ライムントは1900年創業。ハンス・ヴァイゲル、イルゼ・アイヒンガー、インゲボルク・バッハマンら、オーストリアの文士たちが常連客であったことで知られている。レトロな落ち着いた雰囲気の店内で、シャンデリアが幾つも天井から吊るされ、とてもお洒落。メニューの最初のページには、ライムントの経歴が紹介されていて、壁には舞台衣装スケッチや舞台写真などが沢山飾られていた。

カフェ・ライムント

ライムントの『妖精界の娘あるいは百万長者になった農夫』は、1826年にウィーンのレオポルトシュタット劇場で初演された3幕の戯曲であり、ライムント自身も初演でヴルツェル役を演じている。「歌付きのロマンチックなオリジナル魔法メルへン」という副題の通り、作品の舞台は妖精界と人間界。妖精ラクリモーザは、人間の男性との間に生まれた娘を、妖精界の女王の息子と結婚させたいと願ったため、罰を受ける。母娘は離れ離れになり、もし娘が18歳までに初恋相手の貧しい人間の男性と結婚できなければ、永遠に再会することはできない。そこでラクリモーザは、農夫ヴルツェルに娘を預けて、貧しい青年と結婚させるよう頼む。誠実なヴルツェルは約束を守っていたが、ラクリモーザに恨みを持つ輩によって、巨万の富を与えられ、人が変わってしまう。「百万長者になった農夫」は娘に対して、貧しい漁師ではなく、金持ちの求婚者を選ぶよう要求するようになったため、ラクリモーザは妖精と魔法使いの仲間たちに助けを求め、彼らによる大作戦が始まるという話である。

鑑賞日は1月23日。席に座る前に、ピエロメイクの人と鉢合わせしたので、ギョッとさせられた。はっと辺りを見回すと、他にも同じような白塗りの人たちが平土間をうろうろしながら舞台に近づいている。実は、彼らは妖精役と魔法使い役の俳優たちだった。演出はオーストリア人のヨーゼフ・E・ケップリンガー。髪の毛の代わりに真珠のような白い玉を頭に付けた妖精ラクリモーザは、空中ブランコに乗って天井から下がってきて登場。最初の最初から妖精のイメージが覆されたが、今から何か楽しいことが始まるというワクワク感を味わうにはじゅうぶんだった。
「歌付き」の劇ということもあり、舞台下の小さなオーケストラピットでは、電子ピアノを中心に、アコーディオン、バイオリン、チェロ、クラリネットが6名の演奏家によって演奏された。
作曲したヨーゼフ・ドレクスラー(1782-1852)は音楽教師でもあり、ヨハン・シュトラウス2世を教えたこともあるとのこと。曲の雰囲気はモーツァルトの音楽に似ている気がしたが、昔懐かしいウィーン民謡も織り交ぜられている。舞台上ではヴルツェルら登場人物が歌うこともあれば、しんみりとした場面で美しい合唱が披露されることもあり、「青春」役を演じた若いソプラノ歌手は、歌唱後に特に大きな拍手をもらっていた。
ライムント劇の見所の一つは、素早い場面転換にある。本作で最も印象深いのは、仲間と酒を飲むヴルツェルのもとに、「青春」が別れを告げに来た後、入れ替わりに「高齢」が訪ねて来て、ヴルツェルがいきなり白髪の老人になってしまうという場面である(但し、「改悛劇」であるため、ヴルツェルは最後に元の姿に戻り、ハッピーエンドを迎える)。
ウィーン民衆劇であるライムントの作品は、ウィーン方言で書かれているため、セリフを聴き取るのが特に難しい。だが、先に簡単なストーリーさえ予習しておけば、たとえドイツ語が全く分からなかったとしても楽しめる、パーフェクトな舞台だった。
そういえば、『第三の男』の主人公ホリー・マーチンスはアメリカ人。芝居がはねた後、女優アンナに声をかける。
「舞台よかったよ。君は上手だね。」「ドイツ語は?」「分からないが、筋はちゃんと追えた。」
とはいえ、もしホリーがドイツ語を話せたら、映画の結末は違っていたかもしれないけれど。

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蒲 知代(Tomoyo Kaba)
兵庫県神戸市出身。京都大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科修士課程を経て、現在は京都大学及びウィーン大学の博士後期課程に在籍中。専攻はドイツ語学ドイツ文学。主に、世紀末ウィーンの作家アルトゥル・シュニッツラーを研究している。

(2019/3/15)