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神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第354回 定期演奏会 みなとみらいシリーズ|谷口昭弘

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第354回 定期演奏会 みなとみらいシリーズ
Kanagawa Philharmonic Orchestra 354th Minatomirai series

2019年12月7日 横浜みなとみらいホール
2019/12/7 Yokohama Minarto Mirai Hall
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 藤本史昭/写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

<演奏>        →foreign language
川瀬賢太郎指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

<曲目>
ワーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より第一幕への前奏曲
ツィマーマン:《ユビュ王の晩餐のための音楽》
(休憩)
ムソルグスキー(ストコフスキー編):《展覧会の絵》

 

神奈フィル定期公演「みなとみらいシリーズ」、2019年の最後を飾るのは、興味深い3曲を選んだコンサート。最初は律儀なリズムが随所に典雅な印象を残す《マイスタージンガー》前奏曲から。川瀬賢太郎は、当作品の古典的性格を表す上で、同時進行する複数の楽想に真摯に向き合う。次のツィマーマン作品とは作風こそ大きく異なりつつも、この、あちこちに仕込まれた対位法的な構造の伝統は、前後の時代を経て受け継がれていったことを思い起こさせた。その音楽は終始精緻さを感じさせていたが、終結部は猛烈に煽り立て、場を盛り上げた。

川瀬の楽譜の読みの確かさは《展覧会の絵》や聖歌《怒りの日》が引用されたファンファーレに始まるツィマーマンの《ユビュ王の晩餐のための音楽》にも有効だった。作品は分裂と統合・機械的反復といった近代的側面が一方に、郷愁漂うマンドリンの音色やバロック的な均整美が他方にと、雑多な楽想が混在する。そして噛み合っているようで噛み合わない楽器の宴があったり、原曲のコンテクストが剥ぎ取られて放り込まれ、新たに作られた世界が表出したり、短い曲の一つ一つに唸らされる。最後はベルリオーズの《断頭台への行進曲》とワーグナー《ワルキューレの騎行》を執拗に往来しつつ進むが、聴き手はやがて虚無的なリズムの中で置き去りにされ、頭の中が真っ白にされていく。この終曲が<洗脳行進曲>と名付けられているのは、恐ろしくも納得せざるを得ない。

ムソルグスキー作曲の《展覧会の絵》は、有名なラヴェルの編曲ではなくストコフスキー編曲。筆者はストコフスキーの自演は録音で聴いたことがあるが、その時に感じたグロテスクさというのは、今回の演奏では感ずることがなく、スマートでやさしく、重厚なオーケストレーションの妙技に感心させられた。まず冒頭からして弦楽セレナーデ風である。そして音色の細やかな推移が興味をそそる。<小人>の邪悪さもフィルターにかけられているよう。そして<プロムナード>を随所に挟みながら、心臓の鼓動のような<古城>、強烈で激しい主張の<ビドロ>、堂々とした<サムエル・ゴールドベルクとシュムイレ>など、それぞれに個性がある。<死せる死者への呼びかけ>では木管が入ると達成できないような異様な静けさにすっかり心を奪われ、思わず息を潜めたくなった。そして、自演盤では若干嫌らしく聴こえた<バーバ・ヤーガの小屋>が、川瀬と神奈フィルの演奏では、むしろ想像力をかきたてるオーケストレーションで魅了するものとなり、<キエフの大門>では、全体がやわらかく膨張して聴き手を包み込み、ロシア国民楽派の懐の大きさを体感させてくれる。
全曲を通してムソルグスキーの原曲とは明らかに違うと感ずる箇所もあったものの、一方で、ラヴェルは原曲にあった濃密さを削ぎ落としてしまっていたのではないか、あるいはラヴェルの編曲にあったオケの衝撃力は過剰ではなかったか、などと考えることにもなった。

今回の演奏会における選曲は、ひと味も二味も違ったユニークなものであり、定期公演だからこそ可能な、冒険的で変幻自在な好企画でもあったということも最後に付け加えておきたい。

(2020/1/15)


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<Performers>
Kanagawa Philharmonic Orchestra
Kentaro Kawase, conductor.

<Program>
Richard Wagner, Die Meistersinger von Nürunberg, Prelude to the first Act.
Bernd Alois Zimmermann, Musique pour les soupers du Roi Ubu.
(Intermission)
Modest Mussorgsky, Pictures at an Exhibition (arranged by Leopold Stokowski).