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Just Composed 2020 Winter in Yokohama ―現代作曲家シリーズ― 時代を超える革新|齋藤俊夫

Just Composed 2020 Winter in Yokohama ―現代作曲家シリーズ― 時代を超える革新

2020年12月13日 横浜みなとみらいホール小ホール
2020/12/13 Yokohama Minato Mirai Hall Recital Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 藤本史昭/写真提供:横浜みなとみらいホール(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)

<曲目>        →foreign language
シュニトケ:『ヴァイオリン・ソナタ第1番』
J.S.バッハ:『ヴァイオリン・ソナタ第4番 ハ短調 BWV 1017』
稲森安太己:『Motus intervallorum』(Just Composed 2020 Winter委嘱作品|世界初演)
挾間美帆:『CHIMERA』(Just Commposed 2015 委嘱作品/2020Winter編曲委嘱|世界初演)(*)
ナッセン:ヴァイオリンとピアノのための『反射』
タンスマン:『ヴァイオリンとピアノのための幻想曲』
(アンコール)シュニトケ:『きよしこの夜』

<演奏>
ヴァイオリン:山根一仁
ピアノ:阪田知樹
ピアノ(*):挾間美帆

 

演奏会の副題「時代を超える革新」というフレーズは曲目の選定委員も務めた山根一仁によるものだそうだが、嘘偽りなく「時代を超える革新」がステージ上で行われたのを目撃し、聴き届けた。

まずはシュニトケの『ヴァイオリンソナタ第1番』。第1楽章、喉を締めつけられるような苦しいイントロの最弱音から一転して激情――おそらく怒り――がほとばしる。しかし弱音のピチカートに収束する。
第2楽章、重くのしかかる山根に対し阪田がややエレガント過ぎるというか、強音でも音が軽くはずんでいるのに若干の齟齬を感じた。
第3楽章はつかの間の安らぎのように思わせて、山根が弓の位置をズラして音色を(ロシア的な?)ガサついた不透明な音にしてこちらの神経をあくまで休ませないぞ、と弾き続け、やがてフォルテシモに至って安らぎなど全くの嘘とわかり、ハーモニクスによる明るい調べが……薄気味悪い。
第4楽章、コパカバーナのような主題で2人で狂い踊る。跳ね回る阪田、切り裂き吠えるような山根。野性味、というより酒を飲んで正体を失った人間味のような感覚。ドストエフスキー「罪と罰」に登場する酔漢マルメラードフのテーマ曲のような。コパカバーナ主題がピチカートで奏されて気が遠くなるようにして終曲。

J.S.バッハ『ヴァイオリン・ソナタ第4番』、ここで先のシュニトケの時感じた違和感が大きくなってしまった。第1楽章:シシリアーノ・ラルゴ、第2楽章:アレグロ、第3楽章:アダージョと、元来チェンバロのために書かれた装飾的な楽想が阪田のピアノでは派手に過ぎる。山根も動物の筋肉の滑らかな動きを思わせる堂々たる弾きっぷりで、2人の音楽が音楽的方向性は異なりつつバッティングしてしまっていた。
だが、第4楽章:アレグロでヴァイオリンも装飾的になって2人の音楽が一致した。華やかな中にどこか影があり、深みがある。何回かヘミオラを強調して音楽の〈熱さ〉を増していたが、2人のどちらのアイディアであろうか。

稲森安太己『Motus intervallorum』2019年の芥川也寸志サントリー作曲賞の激戦を勝ち抜いた彼であるが、筆者の中では1人の音楽家像がしっかりとは結ばれてはいなかった。さて、いかなるものか、と今回の世界初演作に当たったところ……超高速の大音量でヴァイオリンとピアノがトレモロ(?)をがなり立てた、と思ったらカプースチンがショスタコーヴィチと合体したような超展開が繰り広げられる。速い!強い!大きい!そしてなにより面白い!
第2楽章に入って、超高速でビートを刻んだり猛り狂ったりしたと思えば、不気味に安らうと思えば、案の定また猛り狂う。ヴァイオリンが二胡のようなグリッサンドを弱音で弾き、ピアノが時計の針のように一定のパターンを反復し、ヴァイオリンが弓を駒に近づけていくスル・ポンティチェロのガサガサの音で消えゆく。
第3楽章、今度は民族舞曲調。バルトークやコダーイをもっと現代的にしたよう。しかしハーモニクスなど特殊奏法を取り入れたり、ピアノとヴァイオリンがポリリズミックに合奏したり、軍隊行進曲のような不穏な勇ましい楽想も挟まれ、次は何が来るのか、とあっけにとられていたら、ピチカートとスタッカートが反復されて、終曲。
こういう激しい現代音楽こそ俺が求めていて、そして昨今聴かない音楽だ!と嬉しい驚きで胸がいっぱい、を超えて、高度なエクリチュールと技量を惜しみなくぶちまける恐るべき作曲家と演奏家たちに心底圧倒された。

主にジャズ畑で活躍中の挾間美帆『CHIMERA』、これまた格好良い!ジャズについては筆者は門外漢ながら、ジャズの最も尖っていて格好良い(ただしジャパノイズの系譜ではないと聴いた)要素を現代音楽の語法と融合させている。ビターでソリッドなキレッキレのアレグロから、メロウなアダージョを経由して、クールかつホットなプレストに至る。思い切り身体を反らせてロングトーンで斬りつける山根。よく聴くと現代音楽でしかありえない和音をガンガン鳴らしまくる挾間。これは男女関係なく惚れる。そして終わるべきところでスパッ!と潔く終わる。血湧き肉躍るこの音楽にジャズだ現代音楽だという区分けなど野暮かもしれない快作であった。

ナッセン『反射』はオリエント的な、何かを強く訴えるヴァイオリンソロで始まり、次第にピアノと共に複雑な書法に至る。だがそこはナッセン、半端なコンセプトには逃げないで、山根と阪田の楽器と肉体を媒介として、言葉ではない言語でこちらに嘆きと悲しみを投げかける。音が上昇していき最高音でフイッとかき消えて了。稲森と挾間の激しい音楽の後にこの音楽を置いたのがまた見事である。

最後はタンスマン『ヴァイオリンとピアノのための幻想曲』。第1楽章:ディヴェルティメントでは魔法で動く人形たちの踊りめいた軽やかさ。第2楽章:エレジーでヴァイオリンが紡ぐ細い細い糸に聴き入る。第3楽章:フーガではピアノがまずフーガの主題を弾き、ヴァイオリンに主題が渡される。複雑な対位法に表現主義的な不安定な精神が混じり、こちらの耳が(心地良い?)混乱をきたす。第4楽章:インプロヴィザツィオーネは第3楽章で現れた主題をもっと表現主義的不安に満ちたものにする。第5楽章:カノンで不安は去り、昼の陽光にくつろぐ。と思えば第6楽章スケルツォでは重音奏法でズバズバと斬りまくる山根。ピチカートなどで軽やかになったかと思えばやっぱり重音とアルペジオで激しく、そこにピアノがガーン!と一撃を浴びせ、終曲。ヴァイオリンとピアノって、こんなに楽しいものだったか?

アンコールはシュニトケの『きよしこの夜』。誰でも知っているあの「きよしこの夜」を一節ごとに特殊奏法で音色を軋ませ、音高をずらしていくといういささか意地の悪い作品だと思っていたが、今回の快作快演の後では本作のアイロニーよりユーモアが勝り、最後にペグを緩ませて弾く所まで楽しく聴けた。

「時代を超える革新」を志す音楽家たちの強靭な意思に触れ、まだまだ我々は前に進むことができる、と意気軒昂になると同時に、全身から愉悦感を放ちつつ帰路についた。

 

(2021/1/15)

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<Pieces>
Alfred Schnittke: Violin Sonata No.1 (1963)
Johan Sebastian Bach: Sonata for Violin and Keyboard No.4 in C Minor, BWV1017
Yasutaki Inamori: “Motus intervallorum” (Commissioned for Just Composed 2020 Winter: World Premiere)
Miho Hazama: “CHIMERA” (Commissioned for Just Composed 2015. Arranged for 2020 Winter: World Premiere)(*)
Oliver Knussen: “Reflection” for Violin and Piano (2016)
Alexandre Tansman: Fantaisie for Violin and Piano (1963)
(Encore)Alfred Schnittke: “Stille Nacht”

<Players>
Violin: Kazuhito Yamane
Piano: Tomoki Sakata
Piano(*): Miho Hazama