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Purcell Project2019 パーセル《アーサー王》|大河内文恵

Purcell Project2019 パーセル《アーサー王》 演奏会形式
Henry Purcell King Arther (concert style)

2019年10月31日 浜離宮朝日ホール
2019/10/31 Hamarikyu Asahi Hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by K.Shumpei /写真提供:オフィス・アルシェ

<演奏>        →foreign language
ソプラノ:澤江衣里、藤崎美苗、山口清子、小林恵
アルト:青木洋也、布施奈緒子
テノール:石川洋人、中嶋克彦
バス:藤井大輔、加耒徹、小池優介

指揮:青木洋也
リコーダー:高橋明日香、相澤かずみ
トランペット:斉藤秀範、大西敏幸
オーボエ:森綾香、小野寺彩子、荒井豪
ファゴット:河府有紀
ヴァイオリン:宮崎蓉子、廣海史帆
ヴィオラ:中島由布良
チェロ:西沢央子
ヴィオローネ:西澤誠治
オルガン&チェンバロ:山縣万里

 

演奏会に行くといつも山のように渡されるチラシ、あなたは見ますか?インターネットで情報が見られる時代に紙のチラシなんて時代遅れだという意見もあるなか、それでもチラシで知る演奏会も少なくない。チラシをみて行く気になっても、残念ながらすべての演奏会に行けるわけではない。涙を呑んで見送っている多くの演奏会のうちの1つが、このパーセルプロジェクトだった。

パーセル生誕350周年の2009年に発足したこのプロジェクトは、2010年のアーサー王上演を皮切りに、この10年着実に歩みを進めてきたという。筆者は2010年の『アーサー王』を聴いていないので、それと比較することはできないが、今日の演奏から、どれだけの情熱と努力によってこの道が拓かれてきたのかを想像することはできた。

最近でこそ、いろいろな古楽団体がバロック・オペラを上演することが、日本でもそれほど珍しくなくなっているが、10年前にはヨーロッパですらバロック・オペラの上演はごく限られた団体によるもので、それも手探りの状態だったはずである。バロックのなかでも18世紀ではなく17世紀、それもイタリアやフランスではなく、イギリスものをやるというのは、日本でのパーセルの演奏(声楽も器楽も含めて)の希少さを考えると、よくぞここまでと思わずにはいられない。

このプロジェクトの代表をつとめる青木はカウンターテナー歌手であり、プロジェクトの代表として指揮もおこなう。舞台上、向かって左側は器楽アンサンブル、右側には歌手がおり、歌い手はその場に応じて、前に出たり、位置を交代したりしながらオペラが進む。青木は真ん中で後ろを向いて指揮をしつつ、自分の出番になると前を向いて歌う。弾き振りというのは昨今珍しくないが、歌い振りというのはあまり見たことがない。それがあまり不自然に見えないのは、10年の積み重ねのなせる業か。

このオペラは演劇と舞踏と音楽によって成り立っており、今回演奏されたのはパーセルが作曲した音楽の部分のみである。そのため、序曲の次が第1幕第2場となるなど、抜けている部分があり、その部分は字幕によって補われた。字幕では、配布された対訳よりも意味がとりやすい言葉に置き換えられたり、歌詞などに(意味上の)補足が加えられるなど、音楽を聴きながら字幕を追う負担を減らしつつも、内容が充分に伝わるよう工夫が凝らされていた。

演奏会形式ということで、歌手の位置の変更はあるものの、第2幕第14曲の妖精たちの場面で、「悪だくみをしている」という箇所で鼻をつまんでコミカルに歌ったところ以外は、第4幕までは基本的にはほぼ演技なし。第2幕第13曲で加耒が存在感をみせたり、第16曲の中嶋の言葉が明瞭で聴きやすかったり、第17曲の羊飼いの女(小林、藤崎)の二重唱が響きのきれいな声で美しいところなどが印象に残った。2幕まではパーセルというよりは、ヘンデルのように聞こえており、パーセルのヘンデルへの影響の大きさに感じ入った。

がらりと変わったのは第3幕。第20曲のキューピッド(山口)の歌いかたが18世紀のそれではなく、17世紀的な音程のとりかたになっており、俄然パーセルらしく聞こえるようになった。第27曲での子音を立たせた歌い方が見事、第4幕で森の精をつとめた小林の歌にも魅せられた。

第5幕では、トランペットの活躍、第35曲のアエオロス、第36曲のシンフォニー、第38曲の三重唱と見せ場が畳みかけられてくるが、なかでもコーマスが酔っ払いの演技をしながら歌うところは絶品。そのあたりから全体に演技が入り始め、客席ではクスクスと笑い声があがった。

終演後、青木の挨拶でこれまでの10年の感慨と今後の抱負が語られた。こういった公演では通常アンコールはないのだが、「練習番号Fから」第1幕の最後までがもう一度演奏された。

この箇所は、合唱が「いまや彼らは全速力で突進する」(配布された三ヶ尻訳による)と歌った直後の器楽アンサンブルからの部分で、テノールと合唱で勝利と凱旋の宣言をする場面で、まさにこのプロジェクトが成功し、さらに前進を続けるという宣言と重なって聞こえた。

その気概を見込んで伝えたいことがある。青木が言外に述べたようにアーサー王を5年後もしくは10年後にやるのだとしたら、パーセルの作曲部分だけでなく、全体上演を目指してみてはどうか。今回はおそらく音楽部に集中したいために他の部分は切り捨てたのだと思うが、次の段階にいってよい時期だと思う。

もし再演するのであれば、器楽アンサンブルに打楽器を加えることや舞踏場面にダンサーを加えることも検討して欲しい。さらに贅沢を言わせてもらえば、ト書きの部分は今夏の『ダヴィンチ物語』のように語りでおこなうと全体のストーリーが聴き手により伝わるだろう。日本人の若手メンバーだけでここまで辿りついたプロジェクトに敬意を表し、さらなる前進を期待したい。

(2019/11/15)

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<Performers>
Conductor: Hiroya Aoki

Soprano: Eri SAWAE, Minae FUJISAKI, Kiyoko YAMAGUCHI, Megumi KOBAYASHI
Countertenor: Hiyoya AOKI
Alto: Naoko FUSE
Tenor: Hiroto ISHIKAWA, Katsuhiko NAKASHIMA
Baritone: Toru KAKU
Bass: Daisuke FUJII, Yusuke KOIKE

Recorder: Asuka TAKAHASHI, Kazumi AIZAWA
Trumpet: Hidenori SAITO, Toshiyuki ONISHI
Oboe: Ayaka MORI, Ayako ONODERA, Go ARAI
Fagott: Yuki KOFU
Concert Mistress: Yoko MIYAZAKI
Violin: Shiho HIROMI
Viola: Yura NAKAJIMA
Cello: Nakako NISHIZAWA
Violone: Seiji NISHIZAWA
Cembalo&Organ: Mari YAMAGATA