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folios critiques⑤|柴田南雄のメモリアルイヤー|船山隆

folios critiques⑤

柴田南雄のメモリアルイヤー

text by:船山隆 (Takashi Funayama)

今年は作曲家・音楽学者・評論家柴田南雄の生誕100年、没後20年に当たる記念すべき年である。昨年の2月2日、思い立って柴田南雄の墓参りに出かけた。墓前で柴田純子夫人と作曲家仙道作三に出会い、柴田夫人からは柴田南雄著作集を贈呈された。その時今年の9月29日が柴田の生誕100年であることに気がついた。私はいろいろ考えた挙げ句、メモリアルイヤーのプレイベントとして「柴田南雄を読む」という研究会を開くことにして、東京藝術大学で教えた元学生たちに声をかけた。元学生といっても、現在では大学教師や演奏家や評論家として八面六臂の活躍をしている人々である。提案に賛同した人が昨年9月に早稲田のマンションの集会室に集まり、長時間にわたって柴田南雄の人と作品について、検討を重ねた。 柴田先生と船山
私は、柴田の直接の門下生ではなく、卒業論文や修士論文を指導された直接の弟子は、佐野光司、水田尭、加納民夫らである。しかし私が東京藝術大学楽理科に入学した当時から、柴田はクラス担任の先生であり、私の助手時代から1969年に柴田が大学紛争の影響で東京藝大教授のポストを離れるまで、広く深く教えをいただいた。 今回のプレイベントで私が発表したのは「文は人なり」というペーパーで、主に柴田の『わが音楽 わが人生』(岩波書店、1995)という書き下ろし700枚の自伝について論じた。作曲家の自伝はストラヴィンスキーの『私の人生の年代記』(笠羽映子訳、未來社、2013)とか、ショスターコーヴィチの『証言』(水野忠夫訳、中央公論新社、2001)など、疑問点や問題が多いが、しかし日本最高峰の音楽的知性による自伝は、正確無比なデータに基づいた、いわば「植物学者」(柴田が植物学を本格的に学んだ理系の学者であることは、よく知られていると思う)の手法による伝記である。 「文は人なり」というタイトルは、同じ植物学者であるジョルジュ=ルイ・ルクレール・ビュフォンによる文章の引用であり、私のペーパーは、いわば研究発表全体の序論のようなものであった。
しかし私のかつて教えたことのある学生たちは、卒業論文や修士論文時代からはるかに研究に幅を持たせており、いずれも説得力のある話であった。 研究発表は他に、
・西原稔「柴田南雄の歴史観」、
・藤田茂「メシアンに注がれた眼差し」、
・高坂葉月「“世界音楽”の予兆を指摘するマーラー論」、
・三枝まり「柴田南雄と橋本國彦の声楽曲――前衛あるいは伝統」、
・伊藤制子「柴田南雄による批評的演奏の系譜――カラヤン、ブーレーズ、ポッリーニ」
と続いた。 柴田・新聞評

生誕100年記念の中で、最も注目すべきコンサートは、11月7日月曜日の「柴田南雄オーケストラコンサート」(山田和樹指揮、日本フィルハーモニー交響楽団、サントリーホール、19時開演)である。柴田の代表作『ゆく河の流れは絶えずして』、『ディアフォニア』、『追分節考』などが演奏される。いずれも記憶に深く残されている傑作であり、『追分節考』と『ゆく河の流れは絶えずして』は、柴田の「音楽的知」が最高にいかされている作品である。たしか、『ゆく河の流れは絶えずして』については批評を執筆したはずだと思い、資料を捜してみたら山陽新聞とか、北陸新聞の昭和50年12月5日に掲載されていた。共同通信のために執筆したものだと思う。
今年の11月の演奏会に関しては、3月28日にサントリーホールのリハーサルルームで日本フィルハーモニー交響楽団と東京混声合唱団の合同記者会見があった。指揮者の山田和樹を中心にして演奏家たちの大いなる意欲が感じられる記者会見であった。
東京混声合唱団ブログ

さて、このたび柴田南雄音楽評論賞が公募されることになった。音楽評論の公募は、いろいろ問題を抱えているから必ずしも成功裡に終わるとは限らない。しかし、審査委員長の席にある私としては、柴田南雄から受けた「山よりも高く海よりも深い」学恩に報いるためにも、あるいは音楽評論のいっそうの活性化に資するためにも、全力投球で審査に当たりたいと思う。柴田南雄先生はかつてドイツで音楽批評のコンクールが開かれたとき、高校生が入賞したことをたいへん嬉しそうに話されていた。本誌のように新しいメディア批評に興味を持つかたにも、以下のURLをご覧いただければと思う。
柴田南雄音楽評論賞

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船山隆(Takashi Funayama)
福島県郡山生まれ。東京藝大卒、パリ第8大学博士コース中退。1984年より東京藝大教授、2009年同名誉教授。2014年より郡山フロンティア大使。1985年『ストラヴィンスキー』でサントリー学芸賞受賞。1986年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1988年仏の芸術文化勲章シュヴァリエ受賞。1991年有馬賞受賞。東京の夏音楽祭、津山国際総合音楽祭、武満徹パリ響きの海音楽祭などの音楽監督をつとめる。日本フィルハーモニー交響楽団理事、サントリー音楽財団理事、京都賞選考委員、高松宮妃殿下世界文化賞選考委員を歴任。