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2月、美術|言水ヘリオ

2月、美術

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

暖かく晴れた午後。渋谷駅から10分ほど歩く。着いた会場は古書店で、古書が並ぶなか、壁面、棚、小部屋に作品が展示されている。作品は、店主から提示された何冊かの本を作者が読み、その読書体験を土台に、一冊の本に一つの作品、のように制作されたものらしい。一つ一つの作品の片隅には、書影と本のタイトルなどが記されている小さな紙片がある。本の著者がいて本があり、その本を読んだ者がこれら作品の作者のためにその本を選択し作者が読んで作品が生じ展示される。なにかをつくるという営みが続いている。
叩いてそうなったのであろう表面の金属板。薄い、あるいは細長い形状とその組み合わせ。表面に滲む光と壁面の影をひとつのあらわれとして見ていると、聞こえなくともそこには音が鳴っているような気持ちになって耳を澄ませた。作品とその置かれる場所、設置のしかたにも、響きあう韻律を感じる。

秋野ちひろ展 本と金槌
東塔堂|Totodo
2021年1月23日(土)〜2月20日(土)
https://totodo.jp/hpgen/HPB/entries/53.html

 

 

作者の地元である大阪南部の風景。撮影した写真を元に描く。描かれたものは、誰にとってもどこかであるような、いつとも断定できない、人の姿のない、単色の世界である。単色といっても、絵の具はおそらく複数種使われていて、全体で黒っぽい濃紺あるいは青緑の絵に見える。絵になるとき、写真の風景の一部は省略されたり変貌したりしている。それはなかったものとしてただ消されてしまったわけではなく、描かれなかったということで絵に影響を与えているように思われる。下方には町並み、上方には空。空のさらに上方は暗い。画面のこちら側にいるはずの作者と見ている自分が重なる。画面上に明示されてはいない存在の気配が漂っている。影や物陰。水面の反射。永原は年に一度この会場で個展を行っている。そして毎回大阪から東京へ足を運ぶ。今回は残念ながらその移動がかなわなかった。

永原トミヒロ展
コバヤシ画廊
2021年2月1日(月)〜2月13日(土)
http://nagahara-tomihiro.com
https://www.youtube.com/watch?v=cbQGVUJre_Y
〈画像〉
永原トミヒロ「UNTITLED 21-01」 2021 油彩、カンバス 162.0×162.0cm S100
撮影/末正真礼生 提供/コバヤシ画廊

 

 

作品には「suspense」というシリーズ名および番号が付されタイトルとなっている。いわゆる「サスペンス」というよりは、語の意味としての「宙ぶらりんの状態」ということであるらしい。絵の前にしばらく立ち続ける。どうしてこれらの作品を見続けているのかわからないまま、どう見たらいいのだろうと考える。ただ見ることにする。何が描かれているのか私には定かではない。おぼろげで若干暗めの色調。枠のところに、三角形の木材に荷造りテープをぐるぐる巻きにした棒のようなものがくっついている絵がいくつかある。大きな作品のタイトルは「suspense」、小さ目の作品のタイトルは「Suspense」(語頭が大文字)となっている。これは作品の大小を便宜的に区別するためということもあるのかもしれない。だがそれだけなのだろうか。絵の大きさが違うとはなんだろう。帰宅後、入手した冊子(1)に「虚構であるからこそのリアリティー」という作者の言葉を見つけてしばらく目を止める。

赤塚祐二展 suspense 7
コバヤシ画廊
2021年2月15日(月)〜2月27日(土)
http://www.gallerykobayashi.jp/artists/akatsuka/
(1)赤塚祐二「別の山に登る─「another mountain」シリーズ2007〜2013─」『武蔵野美術大学研究紀要 2019-no.50 抜刷』2020年
〈画像〉
赤塚祐二「suspense 17」 2021 油彩、カンバス 194.0×259.0cm F200
撮影/末正真礼生 提供/コバヤシ画廊

 

 

ボッティチェッリによる『神曲』天国篇の絵が印刷されている画集のページを撮った白黒写真《いつか私は(天国篇)》と、雲のようにも見える綿を撮った白黒写真《その重荷を背負え》のふたつのシリーズで主に構成されている。昨年10月に行われた個展でもそれは同じだったが、今回は異なる作品が展示されており、なおかつ《その重荷を背負え》が大きなサイズ、前回大きかった《いつか私は(天国篇)》が小さなサイズと、大小が入れ替わっている。会場の雰囲気も異なり、真っ白でまぶしいくらいの空間に、照明は天井に備え付けの蛍光灯。
見ていると、写真の中に触れ、感触を確かめたくなる。だが近づくと対象は霧散して粒子となる。作者から引伸し機を扱う際の話を聞いて、撮影するカメラと対象の距離や、見る者の目と作品面の距離のことを思い浮かべる。日々の中でふと「そのとき」を回想する瞬間と場面。そこへ出かけてまた別の場所へと戻ってくる。

井川淳子展 いつか私は(リプライズ)
藍画廊
2021年2月22日(月)〜2月27日(土)
https://ikawa-junko.tumblr.com
http://igallery.sakura.ne.jp/aiga831/aiga831.html
〈画像〉
「その重荷を背負え」 2020年

(2021/3/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。2010年から2011年、『せんだいノート ミュージアムって何だろう?』の編集。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わっている。