Menu

CROSSINGS ~ TOKYO x SEOUL, DANCE x MUSIC ~|齋藤俊夫

CROSSINGS ~ TOKYO x SEOUL, DANCE x MUSIC ~

2019年12月6日 トーキョーコンサーツ・ラボ
2019/12/6 Tokyo Concerts Lab.
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 山田サトシ/写真提供:Crossings

<演奏者・出演者>        →foreign language
フィディアス・トリオ
  ヴァイオリン:松岡麻衣子
  クラリネット:岩瀬龍太
  ピアノ:川村恵里佳

エレクトロニクス:磯部英彬

ダンス:青木尚哉グループワークプロジェクト
  大迫健司
  近土歩
  芝田和
  木原萌花
  高谷楓
  村川菜乃
  青木尚哉

<作品>
森紀明:『ウォータリング――異なる文脈におけるマッピングの実験――7人のパフォーマーのための』
パク・ミュンフン:『舞童――ヴァイオリン、B♭バスクラリネット、ピアノ、ダンサーのための』
イム・ソンヒュク:『ターン・アップ――B♭クラリネット、ダンサー、ライヴ・エレクトロニクスのための』
東俊介:『ラインズ――音楽家とダンサーのための』

 

「交差」の意味を持つプロジェクト名「Crossings」とは作曲家・東俊介、森紀明、映像作家・中村光男、美術家・デザイナー・山田サトシを設立者としたグループ。今回は韓国人作曲家・パク・ミュンフンとイム・ソンヒュク、ダンサー・振付家の青木尚哉と彼のグループワークプロジェクト、ヴァイオリンの松岡麻衣子・クラリネットの岩瀬龍太・ピアノの川村恵里佳によるフィディアス・トリオ、エレクトロニクスの磯部英彬との共同による「Crossings」第一回公演であった。

森紀明『ウォータリング―異なる文脈におけるマッピングの実験―』、タイトルの『ウォータリング』には「水やり、波紋」などの意味が、副題のマッピングとは「ある要素を何らかの規則に基づいて、他の要素に対応づける事」を意味するという。
まず、クラリネット、ヴァイオリン、ピアノ奏者を含んだ7人がエレクトロニクスの音の中、楕円形に椅子に座り、手を挙げる、向きを変える、椅子を座り直す、レジ打ちのように手を動かす、などのごく単純な動作を続ける。エレクトロニクスはプログラム・ノートによると「具体音や環境音、編集されたラジオの音声等がコラージュ」されたものらしく、時折レジの「カチャカチャ、チーン」「ありがとうございまーす」等の音が聴こえる。やがて演奏者3名はダンサー4名と別れ、楽器の置いてある場所に移り、演奏を始める。エレクトロニクスの音、生演奏の音、それぞれの音型に対応した動作が設定されており――すなわち音に動作がマッピングされており――音楽が速くなければそれだけ動作も速くなり、ダンスの密度が増していく。
スピーカーから1941年12月9日の真珠湾攻撃に関わる日米のラジオ録音、サイレン、「臨時ニュースを申し上げます」、〈軍艦行進曲〉などが流れ始めると、椅子を持って会場中をダンサーが駆け巡るなど、俄然舞台は不穏に荒れてくる。だがそれでも音と人間のマッピングは強迫的なまでに続けられる。真珠湾攻撃のラジオの直後でもレジの音が聴こえればレジ打ちの動作をする、と言ったように。最後はダンサー達が順に会場を去り「ハリウッドからのジャズ演奏」(プログラム・ノートより)が残って溶暗。
マッピングによるダンスは、人間が音に対応した動きをしている、のではなく、音に対して人間がパブロフの犬のように反射的に動いているように、または音が人間を操作しているように、さらには音と人間が支配と隷属の関係にあるようにすら感じられた。また、真珠湾攻撃のラジオ放送とレジ打ちなどの音が入り混じる部分で筆者は〈非常時〉と〈日常〉の交錯と強迫――どんな非常時でも日常を続けねばならないという命令にも似た――を感じ取った。
人間、芸術、日常、戦争、政治といったものの過去と現在の関係を問い返す大変な意欲作と思えた。

パク・ミュンフン『舞童』は李氏朝鮮の画家・金弘道(キム・ホンド)の「踊る子供」という画にインスピレーションを得た作品。
スル・タストやスブ・ポンティチェロ、ピアノの内部奏法などの特殊奏法による、軋んだ、音は少なくとも静かではない音楽でダンサー同士が針金をよじるように文字通り絡み合う。音楽の速度が停止寸前まで落とされるとダンサー4人もまたきわめてゆっくりじわじわと動き、演奏がシャープになれば素早く、演奏が轟々と破壊的になれば暴力的とすら感じられるダイナミックな、幾何学的とも肉体的とも呪術的・土俗的とも言える複雑なダンスが音楽と見事に融合して繰り広げられた。
最後はダンサー2人が去り、残った2人が会場の正面の壁の隙間に消えて、了。
森作品ではマッピングによって管理された動作による不気味な〈不自由〉を感じたのに対して、パクの本作は〈自由〉な、ただし自由がゆえに反抗的なエネルギーを感じられた。

イム・ソンヒュク『ターン・アップ』、クラリネットのベルにマイクを着けてのライヴ・エレクトロニクスの音がまず凄い。蛍光灯を叩き割る音を何重にも重ねたような音がクラリネットの音と共に鳴らされる。と思えば、洞窟にこだまするような深く大きな音も響き渡る。
この多彩なクラリネットとライヴ・エレクトロニクスの合体に聞き惚れていると、トートバッグを持ちコアラの被り物をした人物がトコトコと会場に入ってきて、体育座りをしてクラリネットを眺め始めた。これは何だ?と思っていると、トートバッグから「携帯電話を取り出してください」「私を撮影してください」「私をフォローしてください」、という言葉とQRコードの書かれたホワイトボードを取り出して踊る、というか、奇妙な動き(ダンス?)をしながら会場を練り歩く。いぶかりつつも、筆者もスマートフォンで撮影しようとしたが、うまく撮影できなかった。
作品は循環呼吸を使ったと思しきクラリネットによる長い長いロングトーンで終わったが、コアラとホワイトボードの謎は残った。
この作品の後の説明、またプログラム終了後のアフタートークによると、コアラの被り物はダンサーがCROSSINGSとは別の活動でずっと使っているものであり、撮影とQRコードはクラリネットの音をライヴ・エレクトロニクスで拡張するように、ダンスをしている現場をネット上に拡張する、という意図があったとのこと。SNSの蛸壺的交流の中に写真を送っても現実の拡張にはならないのではないかという疑問を筆者は抱いたが、無駄な自意識に溢れたネット上にあの謎のコアラの写真が拡散されるというのはいっそ小気味が良い気もした。

最後は東俊介『ラインズ』。舞台の端の台の上、ヴァイオリニストが楽器を持ってすっくと1人立っている。そのヴァイオリニストを文字通り〈拝む〉動作をするダンサーが1人。会場にはエレクトロニクスで「prrrrr…」という音が断続的に流れ、ヴァイオリン、ピアノ、クラリネットの3人はほぼ音を出さない。
その奇妙な音響空間の中、ダンサー達が、ある者は編笠を被り、ある者は浴衣姿で、また高校野球のユニフォームのような服、ジョギング姿で会場をジョギングする、ヒッピースタイル、クラシックバレエのバレリーナ衣装、ケバい夜の服装、などなど、舞台袖で着替えて様々なコスチュームで現れ、ダンスとは思えないような、歩く、座る、手を上げる、止まる、四つん這いになる、等々の動作を繰り返す。
更に謎めいているのは、ヴァイオリニストが楽器を弾かずに、弓を鞭のように振り下ろす動作をくりかえしているのをダンサーたちが拝むだけでなく、自分の帽子や靴やサングラスなどをお供え物のようにヴァイオリニストの足元に捧げ置くという行為であった。
これは一体何なんだ?と呆然と見ていると、やっとダンサー達がダンサーらしい格好で現れた。と思ったら、1人が仰向けになって床で痙攣を始める。これは一体何なんだ?
しかし、いつの間にかクラリネットとピアノが通常の演奏に移行し、エレクトロニクスの「prrrrr…」という音もどんどん多層化されていき、〈音の断片〉が〈音楽らしく〉充実してくると、ダンサー達も一丸となって〈ダンスらしい〉群舞を展開する。会場中を埋め尽くす音楽と群舞、やがて音楽がディミヌエンドして消えゆき、ダンサー達がピシリと揃って終了。筆者はここでどっと心に解放感を覚えた。ふと台の上を見るとヴァイオリニストはいなくなっていた。これは偶像崇拝からの解放、さらには〈支配する神への自発的隷属〉から〈自らの意志による自由へ〉の解放と筆者は捉えた。

どの作品も大変に意欲的かつ挑戦的で、そして〈解放のための抵抗〉という創作意志を感じ取ることができた。〈お上〉によって何もかもが塗りつぶされていく現在に、〈交差〉による芸術的抵抗を示した今回の表現者たちに敬意を表したい。

(2020/1/15)

公演ダイジェスト動画(作成:Crossings)
ショートバージョン
ロングバージョン


—————————————
<players and dancers>
Phidias Trio
 violin: Maiko Matsuoka
 clarinet: Ryuta Iwase
 piano: Erika Kawamura

Electronics: Hideaki Isobe

dancers
 Kenji Osako
 Ayumi Kondo
 Izumi Shibata
 Momoka Kihara
 Kaede Takaya
 Nana Murakawa
 Naoya Aoki

<pieces>
Noriaki Mori: Watering – Mapping experiment in different contexts – for 7 performers
Myunghoon Park: Mudong for violin bass clarinet in B♭, piano and dancers
Seunghyuk Lim: Turn up for Clarinet in B♭, Dancers and Live-electronics
Shunsuke Azuma: Lines for musicians and dancers