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カリフォルニアの空の下|バーチャル・ミュージカルへの参加|須藤英子

バーチャル・ミュージカルへの参加
Participation in Virtual Musical

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

◎子どもの課外活動の現状
感染激増により再ロックダウンに入ったここロサンゼルスでは、飲食店や小売店はもとより、子どもたちの習い事の多くも厳しい状況にある。特に屋内で行うスポーツ系の習い事は、ソーシャルディスタンスを保つことができず、またオンラインで学ぶことも困難なため、教室の存続自体が難しい。我が家の場合は、娘の体操教室が3ヵ月間の休業の末7月に廃業、息子の空手教室もしばらく続いたオンラインレッスンの後11月に閉鎖してしまった。

屋外でのチームスポーツも、息子が熱中していたバスケットボールなどは、公園のゴールからネットが外されて久しい。密集しながら激しくボールをパスし合うようなスポーツでは、人との距離や共有する用品の消毒など、州のガイドラインに定められた規定を守ることが難しいのだろう。手先を使わないサッカー等のチームスポーツは、公園で練習をしている姿を夏頃から見かけるようになったが、試合は禁止されているようだ。

一方、プログラミング等のコンピューター関連分野はもちろん、音楽や美術等アート分野の習い事は、その多くがオンライン化されている。ピアノやヴァイオリン等の音楽系では、画面越しではあっても、生徒の練習の成果を講師が言葉と実演で指導することが可能だ。絵画や工作等の美術系でも、講師が画面上で創作の過程を見せながらレッスンを進める形が多くとられている。これらの分野では、発表会等の成果発表の場もオンラインで試みられ、新たな学びの場がオンライン上で形成されつつあるのを感じるこの頃だ。

 

◎バーチャル・ミュージカルの試み
このような状況下、娘が参加していた市民ミュージカルが、バーチャルでのミュージカル制作に乗り出すことになった。Metropolitan Educational Theatre Network (MET2) という非営利団体が主催するこの市民ミュージカルは、南カリフォルニアの4つの地域を中心に、青少年の育成を目的としたプログラムを約30年に渡って提供している。参加費を支払えば誰もが参加できるこのプログラムでは、通常2ヵ月に渡って15回程の練習を行った後、地域の劇場での本公演や学校でのアウトリーチ公演を行うが、今回その全てをバーチャルで実施することになったのだ。

コロナ禍が始まる前の昨年秋、私は友人の誘いでMET2ミュージカル “アニー” を家族で観に行った。 数十人の子どもたちが皆、生き生きと歌い踊るその公演。セリフやソロ歌唱がある子どもたちは皆、プロの子役かと思うほどレベルが高い。音楽こそシンセサイザーによるものではあったが、舞台装置や衣装はどれも本格的だった。公演では翌春の演目“リトル・マーメイド”の参加募集用紙が配られ、舞台に魅了された娘は即、応募を決めた。

今年2月から始まった“リトル・マーメイド”のプログラムでは、4月の公演を目指し、週1回1時間弱の練習が行われていたが、いよいよこれからという3月中旬、コロナの感染拡大により急遽中止となった。その後公演は一度6月に延期されたが叶わず、再延期された秋にも状況は改善されなかった。そして諦めかけていた9月下旬、バーチャル・ミュージカルへの移行が発表されたのだ。練習は全てZoom上で実施、撮影や録音は参加者が自宅で行い、それらを映像編集のプロがまとめてバーチャル・ミュージカルに仕立てるという。ただし演目が著作権の関係で“美女と野獣”に変更されたため、“リトル・マーメイド”のメンバーの中から改めて、参加希望者が募集された。

 

◎オンラインでのミュージカル制作
春の練習を楽しんでいた娘は即参加を決め、10月からZoom上での練習が始まった。45分間のレッスンが週2回、合計13回にわたって行われる。ベテランのミュージカル指導者とダンスを実演するアシスタント2~3人、そして伴奏を担う音楽家が常に一丸となり、年齢と性別毎に分けられた子どもたちに、歌と踊りを指導する。娘のグループには5歳~8歳の女子が25人ほど参加していたが、毎度子どもたちの近況報告から始まるそのレッスン風景からは、自宅生活が長く続く子どもたちにとって、この場が単なる練習以上のオアシスとなっていることが感じられた。

近況報告が一通り終わると、音楽家によるライブ演奏に合わせ、歌と踊りの練習がテンポ良く進められる。全体練習以外に一人ずつ順番に当たる場面もあり、程よい緊張感が漂う。歌詞の意味や踊りの留意点など、子どもたちと対話しながら行われるその細やかな指導は、プロフェッショナルそのものだ。「画面の前にたくさんお客さんがいると思って笑顔で!」「みんなで一緒に踊っていると思って思い切り!」など、本番に向けた心構えについても掛け声が飛ぶ。自宅に居ながらも、子どもたちの気持ちが演じることへと高められていく様子が見てとれた。

伴奏音源やダンスの模範映像もメールで頻繁に送られ、子どもたちは日々自主練習に励むよう促される。そして練習行程が半分ほど終わったところで、まず歌の録音を各自行った。子どもたちはイヤホンで伴奏音源を聴きながら、携帯電話等に内蔵されたマイクで録音をする。その後ダンスとセリフの撮影に向けてドライブスルー形式で衣装が配布され、セリフのある子にはZoom上で個別レッスンも実施された。撮影は、画面内の背景や配置が細かく指定された中で各自行う。衣装を身に着け、髪をセットし、化粧も施して、いざ本番。練習してきた数種類のダンスは編集済の歌の音源に合わせながら、指導を受けたセリフは画面の向こうに相手を想定しながら、何度も撮影に挑んだ。そして一番良く出来た録画を、大容量データ転送サービスを通して送信。あとは編集を楽しみに、春頃の公開を待つばかりだ。

 

◎子どもの成長にあたって
この経験は、娘にとってはとても貴重であった。一つには、長いリモート生活の中で失われつつあった、何かに向けて頑張るという前向きな意識を、プロフェッショナルの指導のもとに取り戻すことができたためだ。もちろんこれが劇場での本番であったなら、観客を前にした緊張感や高揚感、そして多くの人々との協働の感覚が、より一層得られたことであろう。だがその過程の一部でもこうして味わえたことは、特に今この環境下にある子どもにとっては、かけがえのない大きな体験となったように思う。

もう一つ、自身の練習の成果を撮影して送るというプロセスが、娘にとっては思いがけない成長の場となった。YouTube世代の子どもにとって、インターネット上の動画は身近なものである。そのためか、自身が画面上に映るとなると俄然気合いが入る。何度も撮り直しながら納得いくまで完成度を高めるという努力が、自然と為されるのだ。このような動画の作成は、最近学校の課題や他の発表会等でもよく課されるようになってきたが、それらが子どもの意欲を掻き立て、ひいては成長を促す契機となりつつあるように思う。

コロナ禍が長引く中、MET2のような非営利芸術団体は非常に困難な状況下にある。その渦中にあって、バーチャル・ミュージカルという挑戦的な取り組みに全力をかけて立ち向かう勇気に、まずはパフォーミングアーツに関わる者の一人として、心から拍手を送りたい。そして何より一母親として、この長い巣ごもり生活の中で子どもに活力を与え、成長を促す体験をもたらしてくれたことに、心の底から感謝の念を抱かずにはいられない。

まだまだ先が見えない日々ではあるが、それでも着実に新しい年の気配を感じる、師走のカリフォルニア生活である。

(2020/12/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学ぶ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。