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カリフォルニアの空の下|オンライン生活とコンサート|須藤英子

オンライン生活とコンサート
Online life and concerts

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

◎大統領選挙と激変する社会

夏時間から冬時間に変わり、日差しもすっかり和らいできた11月3日、4年に一度のアメリカ大統領選挙が実施された。コロナ禍という非常事態の中、郵便投票の開票等を巡る混乱から、11月4日現在、勝敗はまだ確定していない。この混沌とした状態がいつまで続くのか、分断された社会はこの先どうなっていくのか…。いまだに先行き不透明ではあるが、この選挙によってアメリカという国の実情が露わになったことは確かだろう。

一連の選挙運動の中で、全米の人々が見守るテレビ討論会は、私にとって特に興味深かった。史上最低と評された第1回討論会の後、トランプ大統領がコロナに感染。直後に予定されていた第2回討論会は、主催者によりオンラインでの開催が提案された。その異例の開催案に対し、選挙戦当初より積極的にオンラインを活用してきたバイデン陣営は前向きだったが、対面形式での熱狂的な空気感を常に重視してきたトランプ陣営は猛反対。結局、この討論会は中止となった。

コロナ禍のもと急速に進展したオンライン社会にあって、その新たなツールを活かそうとするか、あるいは従来のスタイルに拘るか…。両者の姿勢の拮抗には、コロナという疫病への認識の違いと共に、激変する社会そのものの構図を見ることができよう。この一件から私は改めて、音楽の世界でも起こりつつあるオンライン化という大きな変化に、思いを巡らせることになった。

 

◎カリフォルニアのライブイベントの現状

カリフォルニアでは今も、コンサートホールでの音楽イベントが禁止されている。ロサンゼルスの音楽拠点ウォルト・ディズニー・コンサートホールでは、2021年6月までのイベントが全てキャンセルされた。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場やブロードウェイ等でも、同じく来年夏頃までの全公演が相次いで中止されたことを考えると、いつになれば再びコンサートホールで音楽を聴けるようになるのかと、絶望的な気分になる。

だがそんな状況を少しでも打破しようと、ここカリフォルニアでは屋外コンサートの試みが僅かながら行われている。ドライブイン・シアターならぬドライブイン・コンサートは、その一例だ。1950年代にアメリカで人気を博したドライブイン・シアターは、巨大な駐車場に設置されたスクリーンに向かって車を並べ、観客は車の中から映画を楽しむ。特に小さな子どもを連れた家族や、年頃の若者に人気があったという。その後衰退したこのスタイルが、コロナ禍を機に再び注目を集めるようになった。

他者と接触せずに映画鑑賞ができるこのスタイルは、屋内での活動が禁止されている音楽界にも取り入れられ、ロック等に続きクラシック分野でも、アンサンブル等のコンサートが行われるようになった。楽器の音はスピーカーで拡張され、聴衆の拍手もクラクションに代えれらる。それでも演奏者と聴衆が同じ場で音楽を体感するという非日常的な喜びは、特にこの状況下においては格別なものであろう。

 

◎音楽イベントのオンライン化の現状

このような新しい形のコンサートが試みられる一方で、より多くの音楽イベントがオンライン配信にその活路を見出している。オペラやオーケストラといった大規模な編成では、ソーシャル・ディスタンス上の規制から、演奏活動自体が難しい。そのため各団体は過去のアーカイブをオンライン上で積極的に配信することで、ファンを繋ぎ止めようと苦心している。他方ソロやアンサンブル等小さな編成では、自宅やスタジオ、また屋外にて無観客で演奏を行い、その様子を動画で配信するといったオンラインでのコンサート活動が活発に行われ始めた。

オンラインコンサートには、無料のものから高額なもの、またアメリカらしい寄付型のものまで色々な形がある。コンサート自体の在り方も、生演奏をライブ配信するもの以外に、事前に録画した動画を時間指定して配信するもの等、様々だ。中でも、世界中のアーティスト達が各々の場所から演奏するガラ形式のコンサートは、オンラインならではの魅力を生かしたイベントとして注目を集めている。4月にWHOとNPO団体Global Citizenによって開催されたチャリティーイベント「One World: Together At Home」では、ビッグ・アーティスト達が自宅から配信するガラコンサートによって、世界中から約138億円もの寄付金が集まったという。

オンラインコンサートに特徴的なのは、生演奏がライブ配信された後、それが録画として瞬時にオンライン上に蓄積される点だろう。多くのコンサートでは、生演奏がライブ配信された直後から、その録画を追いかけ再生することができる。オンタイムでの視聴を逃しても、視聴者は即座にそのコンサートを追体験できるのだ。これは、とても便利である。しかしその分、生演奏を共有する、音楽を体感するといった感覚は薄れ、非日常的な場であったコンサートは、オンライン上のアーカイブの一つと化していく。

 

◎オンライン生活とコンサート

コロナ禍により、これまでのような形で生演奏を聴くことができない今、音楽を体感するチャンスは激減している。ドライブイン・コンサートのような試みは、その機会を少しでも取り戻すための果敢な挑戦と言えよう。生で音楽を味わう場がいかに貴いものであったか、改めて実感する日々である。

一方で、多くの音楽イベントがオンライン化されることによって、新たな形で音楽を楽しむことが可能になりつつある。そこでは生演奏と録音再生の境界は曖昧になり、“今ここ”を味わうような深い音楽体験は得難くなる。それでも、時間的場所的な制約がなくなることでより気軽にコンサートを聴けるようになり、膨大なアーカイブを通して音楽を楽しむチャンスは格段に広がる。

仕事も学校も買い物も運動も、そして友人と会うことさえも、全てがオンライン化しているここカリフォルニアでの生活。コロナ以前は思いもよらなかったようなことまで、やむを得ずオンラインでこなしていくうちに、コンサートさえもオンラインで聴く方が日常となってしまった。生演奏の場を恋しく想う気持ちはもちろんあるが、様々なコンサートをオンライン上でカジュアルに楽しめる今の暮らしも、なかなか良い。そんな毎日を過ごしながら、ふとコロナ以後の音楽の在り方に思いを馳せる、カリフォルニアの秋である。

(2020/11/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学ぶ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。