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BOF アレッサンドロ・スカルラッティ:《貞節の勝利》|藤堂清

ベルカントオペラフェスティヴァル イン ジャパン
アレッサンドロ・スカルラッティ:《貞節の勝利》〈日本語字幕付き原語上演〉
   (ヤコポ・ラッファエーレ監修改訂版)
Belcanto Opera Festival in Japan 2019
Alessandro SCARLATTI:Il Trionfo dell’Onore
   (Opera in 3 Act in Original Language with Japanese supertitles) 
   (Revision by Jacopo Raffaele)

2019年11月15日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ
2019/11/15 Teatro del Giglio Showa
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>      →foreign language
指揮:アントニオ・グレーコ
演出:ジャコモ・フェッラウ&リーベロ・ステッルーティ
美術:ステファノ・ズッロ
衣裳:サーラ・マルクッチ
照明:ジュリアーノ・アルメリーギ
振付:リッカルド・オリヴィエール
舞台監督:八木清市
副指揮:安部克彦
芸術監督:カルメン・サントーロ
公演監督:折江忠道

<キャスト>
リッカルド・アルベノーリ:迫田美帆
レオノーラ・ドリーニ:米谷朋子
エルミーニオ:ラッファエーレ・ペー
ドラリーチェ・ロッセッティ:伊藤 晴
フラミーニオ・カストラヴァッカ:小堀勇介
コルネーリア・ブッファッチ:山内政幸
ロジーナ・カルッチャ:但馬由香
ロディマルテ・ボンバルダ隊長:パトリーツィオ・ラ・プラーカ
管弦楽:ベルカントオペラフェスティバル管弦楽団
  コンサートマスター:ジャン・アンドレア・グエッラ
  ヴァイオリンI:天野寿彦、石川和彦、小池はるみ、
  ヴァイオリンII:大西律子、門倉佑希子、小池吾郎、宮崎蓉子
  ヴィオラ:諸岡涼子、深沢美奈、上田華央、チェロ:高橋弘治、高群輝夫、コントラバス:諸岡典経、
  オーボエ:三宮正満、荒井豪、ファゴット:鈴木禎、チェンバロ:上薗未佳

 

開演前から幕の中央が少し開いていて墓碑が見える。リッカルド・アルベノーリ(1943.3.7~1969.11.15)という標記。指揮者が入り、スタンバイとなったところで、女の子とそのお父さんがその墓碑の前にあらわれる。「今日はおじいさんの50年目の命日」という字幕とともに。

第2回ベルカントオペラフェスティヴァル・イン・ジャパンのメインの演目として、アレッサンドロ・スカルラッティのオペラ《貞節の勝利》が舞台上演された。2018年にヴァッレ・ディトリア音楽祭で行われた公演から二人の歌手を招き、他は日本の歌手が歌った。
オーケストラは時代楽器を用い、ヴァイオリンとヴィオラは立奏。コンサートマスターにバロック・ヴァイオリンのジャン・アンドレア・グエッラを迎えた以外はすべて日本の奏者による演奏であった。
指揮のアントニオ・グレーコはバロック・オペラの録音が数種あり、またここ数年ヴァッレ・ディトリア音楽祭にも出演している。
演出は2018年の音楽祭で上演された舞台が用いられた。

アレッサンドロ・スカルラッティはナポリ楽派とよばれるオペラ・セリアの様式の始祖の一人。劇の進行はレチタティヴォで、感情表現はダ・カーポ・アリアでという形を確立した。彼は1679年から1721年までの間に66作品を生みだしているが、この《貞節の勝利》は唯一の喜劇オペラで、4組のカップルのうち2組は観客の笑いを誘うような性格付けがなされている。おおざっぱな言い方だが、アリアの様式も悲劇側と喜劇側では異なり、前者は同時代のオペラ・セリアに近く、後者は比較的単純な形式をとる。喜劇側のカップルが二重唱で互いの感情を伝え合うという書法は効果的。レチタティーヴォも両者では異なり、喜劇側のいきいきとしたやりとりは楽しいものであった。台本は、初演されたナポリのフィオレンティーニ劇場という大衆向けの会場で通常使われていたナポリ語ではなく、トスカーナ語(後にイタリア語の中核となる)で書かれている。

オペラは、17世紀のピサが舞台。
女たらしのリッカルド、彼がだまして貞操を奪ったレオノーラ、その兄エルミーニオ、彼の恋人ドラリーチェ(今はリッカルドに惹かれている)、リッカルドの叔父フラミーニオとその婚約者コルネーリア、リッカルドの相棒ロディマルテ、コルネーリアの小間使いロジーナという登場人物たち、はじめの二組はシリアス、後の二組はコミカルといった具合。ルッカで問題を起こし逃げてきたリッカルドとロディマルテ、叔父を頼ってピサに。それを追いかけてきたレオノーラと叔母コルネーリアを訪ねてきたドラリーチェ、妹レオノーラの不名誉な噂を聞きルッカにむかう途中のエルミーニオ、主役8人がこの地に集まる。
妹の不名誉、恋人を奪われるおそれからエルミーニオはリッカルドと決闘する。リッカルドは負傷、エルミーニオは彼を殺そうとするがレオノーレが阻止。そこでリッカルドも自分の罪に気付き、レオノーラとの結婚をのぞむ。ドラリーチェもエルミーニオの愛を受け入れ、また他の二組のカップルともども「貞節の勝利」を讃える。

この日の上演では大きな読み替えが行われた。
最初の場面は冒頭に書いたとおり、2019年のナポリにあるリッカルドの墓碑の前。背景にはすっかりさびれた町並みがみえる。シンフォニアの間に時は1969年まで戻り、町は活気を取り戻す。背景には綱にぶらさげられた洗濯物、店が開き、人々が行きかうようになる。
女の子とその父親は50年前にタイムスリップ、その日に起こったことを目撃する。
全体の流れは違いはないが、エンディングはまったく異なる。リッカルドは決闘で重い傷を負い、レオノーラのひざの上に抱きかかえられて、最後のアリア<私の心を受け取っておくれ>を歌う。レオノーラが彼の子を宿したことを知って、彼女のお腹を大事になでる。その様子をみていた女の子が近づき彼の膝にふれる。リッカルドは絶命。このアリアのシリアスの曲想は、こういった処理を自然に受け入れさせるもの。他の登場人物も死者に敬意を示す。
最初の「50年目の命日」ということとつながる。女の子との関係もはっきりする。
最後の重唱では生き返って歌うわけだから、ご都合主義だという意見もあるだろうが、オペラの最後に舞曲を演奏するといった形と考えればよいのだろう。ある種のアンコールか。

演奏面も充実していた。
歌手では、ヴァッレ・ディトリア音楽祭でも歌った二人、特にエルミーニオ役のカウンター・テナー、ラッファエーレ・ペーの、どの声部でも均質な声とアジリタのテクニックは見事なもの。困惑、嘆き、怒りといったさまざまな場面でのアリアや重唱で大きな拍手を受けた。バロックを中心に世界各地で演奏活動を行っているが、34歳の彼の今後が楽しみ。もう一人のロディマルテのパトリーツィオ・ラ・プラーカは27歳、フィレンツェで研鑽を積んでおりこれからの活躍が期待される若手、バス―バリトンの彼の声は細かな動きを的確に歌うことができるもの、重唱での相手とのバランスのとり方もすばらしい。
日本人歌手も立派なもの。老け役であるフラミーニオの小堀勇介のテノールは輝きがあり魅力的、歌う場面が少なく文字通り役不足。彼の相手役となるコルネーリアもテノールの役、山内政幸が女装して歌った。歌も演技も天性のものかと思うほど。両者がそのまわりの人物を巻き込んでのコミカルなレチタチーヴォやアリアは、楽しいものであった。リッカルドはソプラノの役、迫田美帆の安定した声はレチタティーヴォでもきちんと聴こえ、物語の進行を助けていた。最後のアリアのしっとりとした味わいもよい。他の歌手も高いレベルでそろっていた。
オーケストラは、弦 4-4-3-2-1、オーボエ 2、ファゴット、チェンバロという編成。指揮者のグレーコも別のチェンバロを用意し、ときおり弾いていた。コンサートマスターのグエッラとともに全体をよく引っ張っていたと思う。今後も多くのメンバーが継続することでバロック期のオペラへの適性を高めていってもらいたい。

2回目となるベルカントオペラフェスティヴァル イン ジャパンではオペラ公演だけでなく、バロックコンサートとして光岡暁恵と藤木大地の二人によるアリア、二重唱の夕べが行われ、充実した演奏を聴かせた。また「~バロックオペラ・ナポリ楽派~」をテーマとするシンポジウムがBOF芸術監督のカルメン・サントーロ等を招き行われている。サントーロ、指揮者、演出家、歌手を講師とするオペラ・ストゥーディオも約1月の期間かけて行われ、受講生によるコンサートもあった。
このようにさまざまな形でベルカント・オペラを我が国に根付かせようとする取り組み、すばらしいことだと思うし、長期的な成果を期待したい。
うれしいことに、3回目となるベルカントオペラフェスティヴァル イン ジャパンの予定も発表されている。オペラはニコラ・ヴァッカイの《ジュリエッタとロメオ》、1825年に初演された作品、楽しみに待ちたい。

関連記事:音楽にかまけている|ベルリンの「バロック週間」と《サムソンとデリラ》のプレミエ|長木誠司

(2019/12/15)

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<STAFF>
Conductor:Antonio GRECO
Stage Director:Giacomo FERRAÙ & Libero STELLUTI
Scenery Designer:Stefano ZULLO
Costume Designer:Sara MARCUCCI
Lighting Designer:Guiliano ALMERIGHI
Choreographer:Riccardo OLIVIER
Stage Manager:Seiichi YAGI
Assistant Conductor:Katsuhiko ABE
General Artistic Director of BOJ:Carmen SANTORO
Production Director:Tadamichi ORIE

<CAST>
Riccardo Albenori:Miho SAKODA
Leonora Dorini:Tomoko MAIYA
Erminio:Raffaele PE
Doralice Rossetti:Hare ITO
Flaminio Castravacca:Yusuke KOBORI
Cornelia Buffacci:Masayuki YAMAUCHI
Rosina Caruccia:Yuka Tajima
Capitano Rodimarte Bombarda:Patrizio LA PLACA
Orchestra:Belcanto Opera Festival Orchestra (Concert Master:Gian Andrea GUERRA)