注目の一枚｜川上統 組曲「甲殻」｜齋藤俊夫
川上統 組曲「甲殻」［第一集、第二集、第三集］
Osamu Kawakami Suite “CARAPACE” [Volume I-III]
2021年ALM RECORDS / Kojima Recordings, Inc
ALCD-124
Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
<演奏> →foreign language
ヴァイオリン：亀井庸州、チェロ：竹本聖子、ピアノ：榑谷静香
<曲目>
川上統：組曲「甲殻」［第一集、第二集、第三集］(2005-2015)
第一集
テッポウエビ
カブトガニ
ハナシャコ
シオマネキ
タカアシガニ
第二集
ガザミ
ミジンコ
ワレカラ
フリソデエビ
ウミサソリ
第三集
トラフカラッパ
ウミホタル
ソメンヤドカリ
ウチワエビ
アカガニ
「現代音楽が聴きたいけどべったりとした現代音楽過ぎる現代音楽は耐えられない」と感じる時が筆者にもしばしば訪れる。そんな時にぴったりの現代音楽CDが現れた。川上統作曲、組曲『甲殻』である。
川上は本誌「五線紙のパンセ」にも登場したこともある、1979年生まれの今一番勢いのある作曲家の1人。彼の作品名には（例外もあるが）動植物の名前が付けられており、その動植物の音楽的イメージに基づいて作曲するのが彼の独特の作曲スタイルであり、また彼の作品も独特のものとしている。今回の組曲『甲殻』はその名の通り、甲殻類（とそれに近い生物）の名前がずらりと15匹並び、それが作品名なのである。
例えば第1集第1曲「テッポウエビ」は作曲者の解説にはこうある。
「片腕のハサミにて鉄砲の如く破裂音を繰り出すことのできる小型のエビ。バルトークピチカート等で破裂音を模しながら、3つの楽器で突き進む」
さて、この曲を実際に聴いてみると、なるほど、ヴァイオリン、チェロがバルトークピチカートを弾いて（ピアノはよくわからないが、楽器のどこかを叩いているのかもしれない）、スピード感ある3重奏が展開される。破裂音は曲を聴いた限りでは脇役であり、冒頭の付点8分音符＋16分音符のモチーフが主役として全体を統一しているように思える。だが、確かに「テッポウエビ」のイメージが何故か聴きてであるこちらにも共有されるのだ。
第1集第2曲「カブトガニ」の解説は
「生きた化石として有名な古くからほとんど姿を変えていない甲冑のような動物。甲殻類ではない。チェロのソロから始まり、ピアノの和音の厚みに弦楽器の重音も加えてゆったりと奏でる」
威厳とも言うべきものがみなぎるアダージョの曲、これが生きた化石として地球を見続けてきた種の貫禄というものか、と思わされる。が、しかし、それならばカブトガニではなくシーラカンスなどでも良いのではないか、などと意地悪な連想を文章だけならしてしまうかもしれないが、これも「カブトガニ」以外の何物でもないのだ。
ここで気が付かねばならないのは、川上は決して交響詩のような音楽を志しているのではないということである。交響詩は既存の音楽の形式・慣習・制度を基盤としている（その最も顕著な例はR・シュトラウスの『家庭交響曲』『アルプス交響曲』などであろう）のに対して、川上は動植物をテーマとし、そのイメージを作曲・作品に使うことで一度（もしくは何度も）更地になり、シリアス音楽からポピュラー音楽まで広がった「現代音楽」の広い荒野で萌え出た新たな音楽を捉え得ているということである。
メシアン『鳥のアルバム』はリアルな鳥の鳴き声を採譜して彼一流の現代音楽としているが、川上はそれとも異なり、あくまで「動植物のイメージ」から斬新な音楽を導き出している。
それにしても、こんなに自由で爽やかな現代音楽があったであろうか？現代音楽の主流（とされるモノ）が行き詰まっている（これは筆者の実感である）ならば、そんなものは飛び越えてしまえば良い。確実に現代音楽でありつつ、現代音楽のフィールドを軽やかに跳躍して自由に生きている、そんな音楽的生物がこのCDにはギッシリと詰まっている。
(2021/11/15)
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<players>
Violin: Yoshu Kamei
Cello: Seiko Takemoto
Piano: Shizuka Kuretani
<Pieces>
Osamu Kawakami Suite “CARAPACE” (2005-2015)
Volume I
Pistol Shrimp
Horseshoe Crab
Odontodactylus japonicus
Fiddler Crab
Japanise Spider Crab
Volume II
Swimming Crab
Water Flea
Skeleton Shrimp
Harlequin Shrimp
Sea Scorpion
Volume III
Box Crab
Sea-firefly
Anemone Hermit Crab
Fan Lobster
Christmas Island Red Crab
