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プラチナ・シリーズ第1回 ライナー・キュッヒル ~ドイツ3大B+1のヴァイオリン・ソナタ~|秋元陽平

プラチナ・シリーズ第1回 ライナー・キュッヒル ~ドイツ3大B+1のヴァイオリン・ソナタ~
Platinum Series Vol.1 Rainer KÜCHL Violin Sonatas Written by the Great German Three Bs plus One

2021年9月24日 東京文化会館 小ホール
2021/9/24 Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Reviewed by AKIMOTO Yohei (秋元陽平)
Photos by  堀田力丸/写真提供:東京文化会館 

<曲目>        →English
J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ホ長調 BWV1016
ブゾーニ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 ホ短調 Op.36a
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 Op.78「雨の歌」
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調 Op.30, No.2
(アンコール)
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第6番 イ長調 Op.30, No.1より 第3楽章
<出演>
ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
ピアノ:加藤洋之

 

語義を鑑みればまさしくコロナ下で禁じられていることだが、輝かしいキャリアを築いてきた名演奏家の「謦咳に接する」、ということの意味がわかる年齢になってきた、のかもしれない。こういうことを言えば当たり障りがないようで、かつ反動めいて嫌だという気もしたのだが、それでも今回キュッヒルの演奏に立ち会って、やはり老境に達した名匠にだけ教えてもらうことのできるものが、体験してみればあきらかに、現実としてあるのだ、と思わされる。もちろん名匠であれば誰でもいつでもそのような演奏ができるわけではない。謦咳どころか形骸に接してがっかりしてしまったことも一度や二度ではないのだが、幸いこの演奏会は、技巧や解釈といった次元とはまた別に、今日消えつつあるスタイル、いやシュティール Stil(訳しづらいニュアンスだ)の存在を感じさせるものだった。
咳払いまで聞こえる距離なのだから、単に録音で遠巻きに理想化された姿を見るのではなく、その日その日の身体的なリアリティに立ち会うということだ。臆せず言えば冒頭のバッハは特にピッチコントロールに難があったし、この曲目においてはややロマンティックすぎると思うところもある。だがこうしたリアリティが、ブゾーニ以降の凄みをかえって引き立てた。タイトルの「三大Bプラス1」のなかで、とくに鮮烈だったのはこの「プラス1」のブゾーニであり、これが他の曲目を逆照射する形でプログラムに統一感を与えていた。一聴してわかるとおりブゾーニのこのソナタはただならぬ様式混淆、長短調の目まぐるしいスイッチ、技巧的構成と目白押しであって、私がこれまで聴いたことのある演奏では、それぞれの要素の描きわけの解像度は高いのだがなにやら新奇な無国籍料理のような様相を呈しているものが少なくなかった。だがキュッヒルの、後期ロマン派的な佇まいのまま、しかし攻勢に出るところはかなり激しく出る(低弦の鳴りもまた素晴らしい)、一定の様式感を貫いた演奏によって、私はほとんどはじめて、ブゾーニがやりたかったことが体感できた気がしたのだった。なるほど、ブゾーニの多芸ぶりに付き従うだけでは、核心にたどり着けないのかもしれない。
全体にポルタメントやヴィブラートもふんだんに用いた、古き良き甘やかな語り口がもちろん魅力なのだが、そう一絡げに言えるものでもなく、曲目によってトーンの使い分けが非常に繊細だ。ベートーヴェンではウィーン古典派的な均整を意識しつつも、その中にひそむ「デモーニッシュな力」をその均整のなかにひそませていく。他方でブラームスはどこを切っても歌が横溢するような、ぐっと糖度の高い音色だ。奥田佳道がライナーノーツに引用したブラームスの手紙の一節は、ただブラームスの音楽のみならず、キュッヒルによるブラームス演奏をとりわけよく言い表したものだと思う——「手つかずのここ(ペルチャッハ)にはたくさんの旋律が飛び交っているので、それらを踏み潰さないように——あなたはきっとそうおっしゃることでしょう」

ベートーヴェンの7番において顕著だったが、ピアノの加藤洋之は、その親密な音色と臨機応変な対応で、単音に至るまでキュッヒルの柔らかいニュアンスに逐一呼応し、2人の音楽の疎通がとても小気味良かったことも、言い添えておきたい。さまざまな語法の響かせ方の違いを聞かせつつも、ひとつのスタイルを保持して一つの室内楽を作り上げていくこの営為の厚みは、音楽の無国籍化が著しい昨今なかなか継承しがたいものだと思わされる。だがしかし、20世紀の「巨匠のスタイル」は、ただデカダンたちにただ愛惜されたり、「歴史的解釈」に対する偏差と見なされたりするものではなく、それ自体が歴史的な、つまり20世紀の生み出したスタイルとして再解釈され、学び直される時がくる、あるいはもう来ているのではないか、とも思っている。

(2020/12/15)

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<Program>
J.S.BACH: Violin Sonata No.3 in E major, BWV1016
BUSONI: Violin Sonata No.2 in e minor, Op.36a
BRAHMS: Violin Sonata No.1 in G major, Op.78 “Regensonate”
BEETHOVEN: Violin Sonata No.7 in c minor, Op.30/2

[Encore]
BEETHOVEN: Violin Sonata No.6 in A major, Op.30/1-3rd movement

<Cast>
Violin: Rainer KÜCHL
Piano: KATO Hiroshi