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Pick Up(2021/7/15)|NISSAY OPERA 2021 《ラ・ボエーム》|藤堂 清

NISSAY OPERA 2021 《ラ・ボエーム》

2021年6月9日 日生劇場(ゲネプロ)
Text by 藤堂 清 (Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi) 

<曲目>
プッチーニ:オペラ《ラ・ボエーム》
※日本語上演

<出演>
指揮:園田 隆一郎
演出:伊香 修吾
管弦楽 : 新日本フィルハーモニー交響楽団
合唱 : C.ヴィレッジシンガーズ

ミミ:迫田 美帆
ロドルフォ:岸浪 愛学
ムゼッタ:冨平 安希子
マルチェッロ:池内 響
ショナール:近藤 圭
コッリーネ:山田 大智
ベノア:清水 良一
アルチンドロ:三浦 克次
パルピニョール:工藤 翔陽

日本語訳詞・字幕 : 宮本 益光
美術 : 二村 周作
照明 : 齋藤 茂男
衣裳 : 十川 ヒロコ
ヘアメイク : 田中 エミ
振付 : 伊藤 範子
演出助手 : 手塚 優子
舞台監督 : 幸泉 浩司(アートクリエイション)

合唱指揮 : 水戸 博之
副指揮 : 喜古 恵理香、鈴木 恵里奈、高井 優希、柴田 慎平
コレペティトゥア : 平塚 洋子、星 和代、経種 美和子

 

第4幕の途中の旋律、ミミの死につながる場面の音楽がいきなり流れる。舞台上にはソファーとそこに横たわるミミ。

聴き手の戸惑いにお構いなく、本来の第1幕の音楽が始まり、マルチェッロとロドルフォの会話へと移っていく。
ミミは?
そのまま室内にいて、他の人の動きにあわせて動いていくが、彼らからは見えない存在という設定のよう。ボヘミアン4人が盃を挙げるのに彼女もいっしょに手をあげる。

舞台はロドルフォ等が集っていた屋根裏部屋。幕ごとの場所の違いは舞台後方に映し出される映像により表現される。第2幕のクリスマスの群衆は舞台裏で歌われるだけ。
舞台に出る人間の数を可能なかぎり減らし、舞台転換を避ける。それを実現した演出。コロナ禍を逆手にとったものと言えるだろう。
最後、ミミの死に気付いたロドルフォの悲痛な叫び、それに続く後奏の間にボヘミアンたちは姿を消し、ソファーに横たわるミミのみが舞台に残される。

どういう設定なのだろう?
ミミは死に瀕しており、彼女の青春の一コマ一コマを走馬燈をみるように思い起こしている。それがこの演出全体のコンセプト。そうとらえれば矛盾なく理解できる。

《ラ・ボエーム》というオペラを知っている人にとっては、新たな視点を提供してくれる演出として楽しむことができるだろう。
ただこの舞台、「NISSAY OPERA 2021」として一般公開されるだけでなく、「ニッセイ名作シリーズ」として中高生にも提供される。事前準備のための映像などがあるとしても、彼らにとって理解しやすいとは言えないだろうが、別の演出を見る機会があれば、オペラの演出について考えるきっかけとなるかもしれない。

もう一つの特色は、日本語歌唱であること。

近年では原語歌唱で字幕付き上演が普通になったが、1960年代には日本語上演が普通に行われていた。いや、二期会の《フィガロの結婚》などでは1990年まで日本語(字幕なし)であった。もちろん日本に限られた話ではなく、ドイツでも、イタリア語やフランス語のオペラのドイツ語によるレコード録音が盛んに行われていて、1960年当時の名歌手たちによる異色の演奏を聴くことができる。
日生劇場では2017年にも《ラ・ボエーム》を宮本益光の訳で日本語上演している。大きな変更はないが、一部見直しなど手を加えているようだ。とくに「歌いやすさ」についてはよく考えられ、言葉と旋律の合致や無理のない言葉さばきといった点への配慮がなされている。昔の文語調の訳詞とは違い、聴いていて違和感がない。

以前との違いは字幕。日本語歌唱(なの)に日本語の字幕がつく。歌っている言葉と字幕がまったく同じであったかどうか、筆者には明確な記憶はない。ただ歌だけで聴いているときに較べ、字幕により理解が容易になることは間違いないだろう。

「NISSAY OPERA 2021」と「ニッセイ名作シリーズ」、2つの形で演奏されるということは、出演者からみれば聴衆の前で歌う機会が多くなるということ。実際東京公演が各4回、堺、愛知公演各1回となり、5回ずつ演奏することができる。それこそが最良の勉強であろう。
開場の翌年1964年から継続している「ニッセイ名作シリーズ」へとつながる日生劇場の取り組み*)、聴衆の育成と同時に、演奏家の育成も実現していることになる。

筆者の個人的な都合で本番を聴くことができなかったので、歌唱や演奏の評価はひかえたいが、指揮者園田の充実が聴けたことは言っておいてよいだろう。

(2021/7/15)

*)
「ニッセイ名作劇場」(1964年~ 小学校6年生、ミュージカル、5000公演、777万名)
「日生劇場オペラ教室」(1979年~ 中高生、オペラ、270公演、33万名)
2014年より「ニッセイ名作シリーズ 」